「Mouth for War」のキックが鳴った瞬間、耳の前の空気が止まる。革を叩いた音ではない。金属を叩いたような硬さが胸を突き抜ける。パンテラ(Pantera)の1992年作『Vulgar Display of Power』のドラムが他のメタル盤と決定的に違って聴こえる理由は、この硬さにある。
キックの音はなぜ硬いか
この盤のドラムを初めて聴いた人間は、たいてい同じ場所で足を止める。海外のリスナーの書き込みにも、その止まり方がそのまま残っている。
“There’s a metallic ‘chink’ to his sticks and his set on this recording which I love. Did he use particularly heavy sticks or something?”
この録音のスティックとキットには金属的な「チンッ」という響きがあって、そこがたまらない。よほど重いスティックでも使っていたのか?
— Reddit / r/Pantera(dverbern)
重いスティックの話ではなく、硬貨の話だ。ヴィニー・ポールはキックドラムのヘッドに25セント硬貨(クオーター)をテープで留めていた。ビーターの当たる面に金属が挟まれば、革の振動より先に硬い衝突音が立つ。低域が沈み込む手前でアタックが顔を出す。聴感上の「硬さ」はここで作られている。
この仕掛けを明かしたのはプロデューサーのテリー・デイト(Terry Date)だ。発案者については一言で片づけている。「あれは全部あいつのアイデアだった」。ヴィニーが欲しがったのは尖って中域の削れたキックで、デイトは奇妙なマイキングを総動員してそこへ寄せた。
ドラムはサンプルに差し替えられている——長くそう信じられてきた。デイトはそれを否定する。一度も置き換えてはいない、EQを極端にかけて作った、と。鳴っているのはヴィニーのキットの実音で、そこへ工学的な整形が乗っている。
テリー・デイトとの分業
デイトは前作『Cowboys from Hell』(1990)でパンテラと初めて組んだ。二度目の起用は実績の確認ではない。続編で何を更新するかが問われる二回目だった。彼はのちに『Far Beyond Driven』(1994)『The Great Southern Trendkill』(1996)でもバンドと組み続ける。
スタジオに入った外部の人間はデイト一人だった。アシスタントも追加の人員も置かず、卓もマイクも自分で回した。この盤の共同プロデューサーにはヴィニー本人がクレジットされている。叩く側と録る側の境目が最初から曖昧で、ドラマーが自分の音の輪郭を自分で決めにいっている。硬い手触りはその姿勢の帰結だろう。
主導権がどちらにあったかは、レーベルとのやり取りに出る。完成した音源を聴いたレーベル側の重役デレク・シュルマン(Derek Shulman)は、ドラムにサンプルを重ねてメタリカ(Metallica)風に整えられないかと打診した。バンドは断った。俺たちはそのバンドじゃない、と。あの硬さは、売れ線への修正を蹴った跡でもある。
通しで録り切る
録り方も硬さを支えている。「9割はライブだ。頭から最後まで通しでやる」——ヴィニーは自分たちのドラム録音をそう説明していた。テープを検めたエンジニアに、全リールで継ぎ目が2箇所しかないと驚かれた話も残している。
フィルとフィルの間に挟まれる間(ま)は、テイクごとに揺れる。揺れごと残すから、「人が叩いている」感が消えない。
近代メタルの録音はドラムをトリガーで置換し、各打点をグリッドへ吸着させる方向へ進んだ。この盤は逆側に立っている。硬いのに機械の音ではない、という難しい場所に音が着地している。
ドラムはギターリフに合わせる
もう一つの分水嶺がリズム構造の側にある。ヴィニーと弟ダイムバッグ・ダレル(Dimebag Darrell)のコンビは、ドラムをベースラインではなくギターリフへ同期させた。ハードロック・メタルの伝統から外れた選択で、リフの輪郭がそのままドラムの輪郭になる。「A New Level」「Walk」「This Love」のグルーヴが、重いのに走らない。この設計が効いている。
硬いキックとリフに張り付いたスネア、シンバルの分離が同時に成立するのは、奏者側の演奏設計とエンジニア側の卓上設計が早い段階で握り合えていたからだろう。録音を始める前に音の輪郭が決まっていた盤、という言い方が近い。
パンテゴ・サウンドスタジオという場所
録音はパンテゴ・サウンドスタジオ(Pantego Sound Studio)で行われた。テキサス州パンテゴ。所有者はジェリー・アボット(Jerry Abbott)——アボット兄弟の父親で、カントリー畑のプロデューサーだった。息子たちがメジャーと契約した時点で父はバンドのプロデューサーの座を降りている。父の城で、身内ではない耳と差し向かいで音を詰めた盤ということになる。
マスタリングはニューヨークのマスターディスク(Masterdisk)で、ハウイー・ワインバーグ(Howie Weinberg)が仕上げた。スタジオのほうは1996年に閉じ、建物は取り壊されないまま手入れも受けずに残っている。硬い音の出どころがもう稼働していない場所だという事実は、聴後感の片隅に小さな影を落とす。
当時のドラム録音の選択肢は今より粗い。後加工での置換も限定的だった。それでもこの盤のドラムは、現在のミックスエンジニアに参照され続けている。ヴィニー自身が生前こう語っていた。このジャンルのエンジニアもプロデューサーもバンドも、スタジオで自分たちの音をこの盤とA/Bして確かめる、と。誰もがあのキックのグラッシーな高域を欲しがった。
建物はもう鳴らない。硬貨を貼ったキックの一発は、テープの上で鳴り続けている。

