「Mouth for War」のキックが鳴った瞬間、耳の前の空気が止まる。革を叩いた音ではない。金属を叩いたような硬さが胸を突き抜ける。パンテラ(Pantera)の1992年作『Vulgar Display of Power』のドラムが他のメタル盤と決定的に違って聴こえる理由は、この硬さにある。
キックの音はなぜ硬いか
キックドラムの音が硬く聴こえるとき、そこには必ず仕掛けがある。ヴィニー・ポールはキックヘッドの内側に銀貨をテープで貼っていた。ふつうエンジニアの卓ではこのアイデアが出ない。ドラマー本人の現場発想だ。ビーターが当たる瞬間、ヘッドの振動が銀貨の硬い面で押し戻され、低域の沈み込みより先に高域の硬いアタックが顔を出す音になる。聴感上の「硬さ」はここで作られる。
同じ盤でヴィニーはスティックを逆さに持っていた。ヴィック・ファース(Vic Firth)の細い側ではなく太い側でシンバルとスネアに当たる。チップが折れないから選んだ持ち方ではない。各打点に乗る質量が増え、輪郭が太くなる。彼の腕は速さよりまず重さの方向へ振られていた。
テリー・デイトとの分業
テリー・デイト(Terry Date)はこの盤の前作『Cowboys from Hell』(1990)でパンテラと初めて組んだプロデューサーだ。VDPでの再起用は実績の確認のためではない。続編で何を更新するかが問われる二回目だった。デイトはのちに『Far Beyond Driven』(1994)『The Great Southern Trendkill』(1996)でもパンテラと組み続けるが、VDPはその関係が最も生っぽい質感で残った一枚と言っていい。
面白いのは、ドラムにチェンバーリバーブを足す案がデイトではなくヴィニー本人から出ていることだ。ドラマーがミックス空間まで設計に踏み込んでいる。エンジニアのアイデアを受け取って演奏に被せるのではなく、自分の音の輪郭を自分で決めにいく姿勢が、この盤の硬い手触りを最終的に決めている。
ライブ録音で押し切る
VDPのドラムは約9割が頭から最後までライブで録られている。パンチイン(部分修正)の継ぎ目がほとんどない。この方針はグルーヴの一回性を保存するための判断だった。フィルとフィルの間に挟まれる微妙な間(ま)はテイクごとに揺れる。揺れごと残すから、聴いた時の「人が叩いている」感が強く残る。
近代メタルの録音はドラムをトリガーで置換し、各打点をグリッドに吸着させる方向へ進んだ。VDPはその逆側に立っている盤だ。硬さと人間の手の同居——硬いのに機械の音ではない、という難しい場所に音が着地している。
ドラムはギターリフに合わせる
もう一つの分水嶺がリズム構造側にある。ヴィニー・ポールと弟ダイムバッグ・ダレルのコンビは、ドラムをベースラインではなくギターリフに同期させた。ハードロック・メタルの伝統からは外れた選択で、結果としてリフの輪郭がそのままドラムの輪郭になる。「A New Level」「Walk」「This Love」のグルーヴが「重いのに走らない」のはこの設計が効いているからだ。
硬いキックとリフに張り付いたスネア、シンバルの分離が同時に成立するのは、奏者側の演奏設計とエンジニア側の卓上設計が早い段階で握り合えていたからだろう。録音前にすでに音の輪郭が決まっていた盤、というのが近い。
パンテゴ・サウンドスタジオという場所
録音はパンテゴ・サウンドスタジオ(Pantego Sound Studio)で行われた。テキサス州パンテゴ。所有者はジェリー・アボット(Jerry Abbott)——アボット兄弟の父親で、カントリー系のプロデューサーだった。息子たちが父親の城で身内のエンジニアリングを通して録った盤、という言い方ができる。マスタリングはニューヨークのマスターディスク(Masterdisk)で仕上げられた。
パンテゴはのちに1996年に閉鎖され、いまは廃屋になっている。VDPの硬い音の出どころが、もう物理的には存在しない場所だという事実は、聴後感の片隅に小さな影を落とす。建物がなくなっても、銀貨を貼ったキックの一発は記録の中で鳴り続けている。
当時のドラム録音の選択肢は今より粗かった。トリガー置換のような後加工も限定的だった。にもかかわらず、VDPのドラムは現在のミックスエンジニアにも参照され続けている。理由は硬さそのものより、その硬さを誰かが意図して決めた跡が残っている点にある。銀貨を一枚キックヘッドに貼る、その判断を引き受けた人間がそこにいた音だ。


