メタル事件簿

SCANDAL

解雇、訴訟、犯罪、薬物、騒動、突然の訃報——HM/HRの歴史を揺らした事件と、その後シーンがどう動いたか。誰が悪いかでなく、何が起きたかと事実から書き残すメタル事件簿アーカイブ。

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LOSTPROPHETSという抹消——シーンはあの名前をどう葬ったのか

2013年、HMVは棚から下げ、BBCは放送を止めた。それでも配信のカタログは残った。LOSTPROPHETSという名前の抹消を実際に実行したのは誰だったのか、その後の12年から検証する。
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NIGHTWISH ターヤ・トゥルネン解雇——2005年フィンランドが揺れた公開書簡事件

2005年10月21日のヘルシンキ公演直後、ナイトウィッシュ(Nightwish)はターヤ・トゥルネンを公開書簡で解雇した。書簡の中身、ターヤの反論、首相が口を開いた一週間と、その後のバンド再編まで辿る。
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防音フォームが100人を殺した2003年のナイトクラブ火災

2003年2月20日、ロードアイランド州のライブハウス「ザ・ステーション」で100人が死亡した。花火が着けた火を1分でフラッシュオーバーまで運び、犠牲者の大半の死因になった煙を吐いたのは、近隣の騒音苦情を止めるために壁へ貼られた難燃処理なしのポリウレタンフォームだった。NISTの再現と検死結果から、あの90秒を読み直す。
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1985年のPMRC公聴会で、メタルは何に負けたのか

1985年9月19日、ディー・スナイダーはPMRC公聴会で議場の論戦に勝った。だが警告ステッカーは法律ではなく小売の棚を通って効き、いまも配信の「E」タグとして生き延びている。あの日メタルが本当に失ったものを追う。
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BLACK SABBATH を引き裂いた「たった一言」──オジー解雇が二つの伝説を生んだ日

1979年4月、BLACK SABBATH はオジー・オズボーンを解雇した。だがその一言は、ディオ時代とソロ伝説という二つの神話の始まりだった。
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メタルバンドが解散しない経済学——OZZY / KISS / MÖTLEY CRÜE の『最後のツアー』が何度も最後にならなかった理由

オジー・オズボーン、KISS、モトリー・クルーの『最後のツアー』は何度も最後にならなかった。引退と復帰のサイクルが現代メタル興行を支える経済構造を、希少性プレミアム・世代資産・アバター興行まで含めて読み解く。
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AS I LAY DYING事件簿——フロントマン殺人依頼、出所、復帰、そして2024年の崩壊

AS I LAY DYINGのフロントマン、ティム・ランベシスは2013年に妻の殺害を依頼。6年の実刑、出所、復活、そして2024年の崩壊までを整理する。
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グラミー賞「メタル枠」珍事件史——JETHRO TULLがMETALLICAを破った1989年から始まる迷走

1989年のグラミー賞で、メタル史上最大の番狂わせが起きた。新設された「Best Hard Rock/Metal Performance」カテゴリで、ジェスロ・タルがメタリカを破った。フルート奏者がメタルの賞を獲った夜から、カテゴリ分割、メタリカ3連覇までを追う。
メタル事件簿

バックマスキング論争——80年代メタルが裁判所に引っ張り出された実話

1990年、ジューダス・プリーストは「レコードを逆回しにすると自殺を促す声が聞こえる」として裁判所に召喚された。PMRC公聴会からオジー・オズボーン裁判まで、80年代メタルを揺るがしたバックマスキング論争の全貌。
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