AS I LAY DYING事件簿——フロントマン殺人依頼、出所、復帰、そして2024年の崩壊

AS I LAY DYING事件簿——フロントマン殺人依頼、出所、復帰、そして2024年の崩壊 メタル事件簿
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2013年5月7日、AS I LAY DYING のフロントマン、ティム・ランベシス(Tim Lambesis)が逮捕された。場所はカリフォルニア州オーシャンサイド。罪状は殺人依頼。妻の殺害を頼んだ相手が覆面捜査官で、報酬の1,000ドルを手渡した直後に踏み込まれた。AS I LAY DYING 事件はそこから始まった。

AS I LAY DYING のティム・ランベシスは2013年に妻の殺害を依頼した罪で逮捕され、翌年に6年の実刑判決を受けた。2016年12月に仮釈放され、2018年にバンドを再結成したが、2024年10月に当時のメンバー全員が脱退。2025年10月に新ラインナップで再始動し、現在も活動を続けている。

AS I LAY DYING 事件の発端——2013年5月の逮捕

メタルコア・シーンの中心にいたバンドが、一夜で停止した出来事だった。当時のランベシスは32歳。AS I LAY DYING はサンディエゴ出身のクリスチャン・メタルコア・バンドとして2000年に結成された。2007年の4thアルバム『An Ocean Between Us』は全米ビルボード200に初登場8位。同作収録の「Nothing Left」は第50回グラミー賞「ベスト・メタル・パフォーマンス」部門にノミネートされ、バンドはシーン最大級の位置に立っていた。

AS I LAY DYING 事件——暗い室内に滲むひとつの輪郭
Photo by Xhon Dang on Unsplash

事件の構図は複雑なものではなかった。妻のメガン・マーフィー(Meggan Murphy)との離婚調停中、ランベシスは知人に殺害を持ちかけた。その知人を介して紹介された人物が、覆面捜査官だった——アメリカの定型的なおとり捜査の結末である。捜査官に手渡した封筒には、経費の現金1,000ドル、妻の写真、住所、ゲートの解錠コード、決行日が入っていた。

弁護側は公判で別の物語を持ち出した。減量と肉体改造のためのアナボリックステロイド使用と医師処方のテストステロン療法が判断能力に影響を及ぼした、という筋書きだった。2014年5月16日、サンディエゴ郡上級裁判所のカルロス・アーマー(Carlos Armour)判事が量刑を言い渡す。6年の実刑、保護観察なし。科されうる最長は9年だった。法廷には元メンバーを含む80人以上が詰めかけ、妻とその家族が意見陳述に立っている。

2018年の復活——「四角いペグを丸い穴へ」

ランベシスは 2016年12月17日 に仮釈放で出所した。実際に服役したのは2年半である。1年半後の2018年6月8日、バンドは「My Own Grave」のミュージックビデオを公開し、6年ぶりの新曲とともに復帰を明かした。映像には旧メンバーが揃っていた。ギターのニック・ハイパ(Nick Hipa)、フィル・スグロッソ(Phil Sgrosso)、ベースのジョシュ・ギルバート(Josh Gilbert)、ドラムのジョーダン・マンチーノ(Jordan Mancino)。

復帰アルバム『Shaped by Fire』は2019年9月20日にリリースされ、シーンを賛否で二分した。罪を赦すべきか、許されざる人物の音楽を聴いてよいのか。バンドは2018年6月16日の復帰公演の日に公式YouTubeへ長尺の動画を上げ、再結成の条件と批判への回答を自ら語っている。判断はリスナー側へ投げ返された。

内側はうまく繋がっていなかったらしい。ランベシスは後年、ジャメイ・ジャスタのポッドキャストで「あいつら全員を戻すために、俺は四角いペグを丸い穴へ無理やり押し込んだ」と振り返っている(Theprp.com が2024年4月に報道)。表面の音と内側の関係は、別の周期で動いていた。

脱退ドミノ——2020〜2024の崩壊

2020年の夏、ニック・ハイパが先に離脱した。理由を語ったのは、その1年後になる。

“Respectfully, I left because the story and meaning we built our reunion upon decayed considerably over time. What primarily endures is a superficial pursuit I cannot justify supporting or being part of.”

「敬意をもって言う。俺が抜けたのは、再結成を築いたはずの物語と意味が、時間とともにひどく腐っていったからだ。残っているのは上っ面の追求で、それを支持することも、その一部でいることも、俺には正当化できない」

— ニック・ハイパの声明(BLABBERMOUTH.NET, 2021年8月)

2022年5月、15年在籍したベースのジョシュ・ギルバートが脱退する。翌6月、ドラマーのマンチーノが未解決の内部問題を理由にツアー参加を見送ると表明した。その約1週間後、バンド側は彼が「自らをバンドから破門した」とする声明を出す。結成期からの中核が、ひと月のあいだに消えている。

AS I LAY DYING 事件——夜のステージを遠巻きに見守る観客
Photo by Rafael Garcin on Unsplash

新メンバーで組み直したバンドは 2024年11月15日、Napalm Records から8thアルバム『Through Storms Ahead』をリリースした。その直前の10月、シーンに地殻変動が走る。ベース、ギター、ドラム、ツアー・マネージャーが、モラルと安全を理由に相次いで離脱した。月末には長年のギタリスト、フィル・スグロッソも去り、残ったのはランベシス一人になった。

理由が語られたのは翌年だった。ギターのケン・スーシ(Ken Susi、元 UNEARTH/現 ALL THAT REMAINS)がポッドキャスト「BREWtally Speaking」で明かしたのは、自分の家のキッチンで起きた場面だった。常時録画の防犯カメラが、ランベシスが当時の妻ダニー(Dany)の顔に唾を吐く様子を捉えていた。問い質すとランベシスは「足元に吐いた」と否定する。脱退の意思を伝えられると、映像を公開すれば訴えると警告したという。

2024年11月末、夫婦の激しい口論を映した映像が流出する。ランベシスは離婚を申請し、逆に妻から3年にわたり暴行と精神的な虐待を受けたと主張して接近禁止命令を求めた。2025年1月には犬を蹴り、拳を振り上げる姿の動画が出回る。4月、カリフォルニア当局へ動物虐待の捜査を求める請願には7万人近い署名が集まった。

2025年の再構築——「Echoes」と4人の新メンバー

2025年10月8日、AS I LAY DYING はシングル「Echoes」を発表し、同時に新ラインナップを公開した。ベースとにクリス・クランシー(Chris Clancy、元 Mutiny Within)、ギターにビル・ハドソン(Bill Hudson)とドン・ヴェッダ(Don Vedda)、ドラムにティム・ヤン(Tim Yeung)。ランベシスだけが残った、再スタートの体制になる。

🎬 2025年10月、新ラインナップで発表された復活シングル。ランベシス以外の顔ぶれが総入れ替えになって最初の音源。

Shadows Are Security』20周年を掲げたツアーは、2025年秋のロシア3公演から動き出した。2026年3月には同国のアリーナを回る巡業を組み、3日のクラスノダールから20日のウラジオストクまで10都市を踏んでいる。5月には米国ツアーの日程が発表された。11月から12月にかけての公演が、20周年の締めくくりになる。

音楽の側だけ取り出して聴けば、「Echoes」のクリーンとの対比は2007年に確立した構造をそのまま踏襲している。音だけで判断したいと言うリスナーがいて、音の供給元そのものを問題にするリスナーがいる。AS I LAY DYING 事件は、音楽と人格を切り離せるのかという長い議論の中で、近年もっとも極端な参照点として残り続けている。

事件から13年が過ぎた。バンドの音は止まっていない。何が止まらなかったか、何が止まるべきだったか。その評価はリスナー一人ひとりの中で、今も動いている。

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