クレジットを追っていくと、途中で話が合わなくなる。ホワイトスネイク(Whitesnake)が全米1位に届いた「Here I Go Again」のシングル盤には、アルバム全編のギターを弾いた男の名前が出てこない。映像の中で弾いていた四人の名前も出てこない。1987年に頂点まで運ばれたのは、このバンドの演奏ではなかった。
5年前の自分の曲を、他人の曲のように扱う
「Here I Go Again」が最初に世に出たのは1982年の『Saints & Sinners』で、デイヴィッド・カヴァデール(David Coverdale)とバーニー・マースデン(Bernie Marsden)の共作だった。叩いていたのはイアン・ペイス(Ian Paice)、鍵盤にはジョン・ロード(Jon Lord)が座っている。ディープ・パープル(Deep Purple)出身の二人を後ろに置いた、血の濃いブルースロックの一曲である。
イギリスでは34位まで上がった。アメリカのチャートには入っていない。曲のほうは残ったのに、それを鳴らした編成が先に壊れた。
5年後、カヴァデールは同じ曲をもう一度スタジオへ持ち込む。7作目に再録として入ったのは「Here I Go Again」と「Crying in the Rain」の2曲で、どちらも『Saints & Sinners』の収録曲だった。自分の過去作を、カヴァー曲を扱うのと同じ手つきで素材にした。
手つきの容赦のなさは「Crying in the Rain」に出ている。1982年版の冒頭にはマースデンの短いソロが置かれていたのに、1987年版ではそれが外された。テンポは上がり、ブルースの粘りが削られて、重さのほうへ寄っている。
盤の名前は国ごとに違う。アメリカでは3月にゲフィン(Geffen)からセルフタイトルの『Whitesnake』として、ヨーロッパではEMIから『1987』として——こちらは曲順が違い、収録曲が2曲多い。日本盤は4月に『サーペンス・アルバス』の題で出た。ラテン語で「白い蛇」を指す。
声が戻る保証はなかった
再録を懐古趣味と読むと、この盤のいちばんきつい場所を素通りすることになる。1986年の春、カヴァデールは重い副鼻腔の感染症を起こした。手術を受け、半年のリハビリに入る。同じ声が戻る保証を、誰も出せずにいた。
制作は当然遅れる。歌えるかどうか分からない歌手を中心に据えたまま、日程だけが後ろへずれていった。
再録という判断は、この状況から見ると理屈が通る。戻った声を測るための物差しを、自分で用意する動きになるからだ。同じ曲の前の録音がすでに世に出ている以上、どこまで戻ったかは誰の耳にも分かる。
全編を弾いた男は、発売前にいなくなった
アルバムのギターはジョン・サイクス(John Sykes)が全部弾いた。収録曲のほとんどをカヴァデールと共作していて、「Still of the Night」も「Is This Love」もその中に入る。シン・リジィ(Thin Lizzy)から移ってきた男が、一人でこの盤の輪郭を決めた。
録音が終わったあと、カヴァデールはメンバーを解いた。アルバムが店頭に並ぶ前に、全編を弾いたサイクスはバンドを離れた。
ツアーと映像には別の四人が入る。エイドリアン・ヴァンデンバーグ(Adrian Vandenberg)、ヴィヴィアン・キャンベル(Vivian Campbell)、ルディ・サーゾ(Rudy Sarzo)、トミー・アルドリッジ(Tommy Aldridge)。「Still of the Night」でも「Here I Go Again」でも、画面で弾いているのはこの四人で、レコードから鳴っている音を出したのは彼らではない。例外が一つある。ヴァンデンバーグは、アルバム版「Here I Go Again」のソロを本当に弾いた。
“The next day I recorded the solo and changed some of the guitar parts. That was it. The rest is history.”
「翌日、僕はソロを録って、ギターのパートをいくつか変えた。それで終わり。あとは知ってのとおりだ」
——エイドリアン・ヴァンデンバーグ(Blabbermouth.net が伝えたラジオ・インタビューより)
加入した翌日に看板曲のソロが差し替わる。それが通ってしまう程度には、この時期のホワイトスネイクは合議で動く集団ではなくなっていた。サイクスは2024年12月21日、65歳で世を去った。
全米1位を獲ったのは、1987年に録り直された三つ目のテイク
アメリカでシングルを切るとき、この曲はもう一度録音された。ラジオ向けに作り直された版で、ギターを弾いたのはダン・ハフ(Dann Huff)——サイクスでもヴァンデンバーグでもない、セッションの弾き手だった。ベースもドラムも別の人間が入り、鍵盤にはビル・クオモ(Bill Cuomo)が加わる。
この版で音を出しているのは、当時バンドに在籍していた人間ではない。歌っているカヴァデールを別にすれば、全員が外から呼ばれている。
入口の設計も変わった。アルバム版は鍵盤の上へ歌が乗るところから始まるのに、こちらはヴァースのリフから入る。歌詞も一箇所直っていて、「hobo」だった語が「drifter」へ差し替わった。聞き違いを避けるためと伝えられる。
10月10日、この録音がビルボードHot 100の首位に立つ。滞在は1週間で、ホワイトスネイクが全米1位を獲った唯一の記録である。アルバムのほうは最高2位で止まった。頂点をふさいでいたのはU2の『The Joshua Tree』で、非連続の通算10週にわたって2位に居座ったまま売上だけが伸び続ける。1995年2月、RIAAが800万枚の8×プラチナを認定した。
同じ1987年に出たガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N’ Roses)のデビュー盤は、深夜のMTVで映像が回り始めてから50週かけて全米1位へ届いた(GUNS N’ ROSES『Appetite for Destruction』(1987)——50週かけて全米1位に届いた遅咲きのデビュー盤)。あちらは客の耳へ運ぶ経路が扉を開け、盤の厚みが持続を作った。ホワイトスネイクはその一歩先へ踏み込んでいて、経路のほうに合わせて盤の中身を録り直した。
三つの録音を貫いているもの
5年のあいだに、同じ曲の録音が三つ残った。演奏者はほぼ総入れ替えで、三つとも別の人間が弾き、別の人間が叩いている。連続しているのはカヴァデールの喉から出た音で、その喉は一度失われかけていた。
曲を書いたマースデンは2023年に72歳で、盤の全編を弾いたサイクスは2024年に65歳で世を去った。二人とも、この曲がいちばん大きく鳴った瞬間の録音には入っていない。
1982年版とアメリカのシングル版を、間を置かずに続けて針に載せると、5年ぶんの距離が音で出る。速くなったテンポでも厚くなったコーラスでもなく、同じ旋律を追う声の据わり方が違う。手術台を経由した喉が、1982年には出せなかった落ち着きでサビへ入っていく。

