シアトルの4バンドの中で、1枚だけ針の振れ方が違う盤がある。アリス・イン・チェインズ(Alice in Chains)の『Dirt』。1992年9月29日にリリースされた2作目だ。ニルヴァーナでもパール・ジャムでもサウンドガーデンでもなく、この盤の音にはメタルの血が太く流れている。シアトルの轟音がグランジで括られる時代に、Dirt はジェリー・カントレル(Jerry Cantrell)の指揮でメタルの系譜に直接乗っていた。
1992年、ヘロインの闇で組まれた音
レコーディングは1992年4月から7月にかけて、バーバンクのエルドラド、シアトルのロンドン・ブリッジ、ロサンゼルスのワン・オン・ワンを行き来して進められた。始まりは4月29日。ロドニー・キング事件の判決が出て街が燃えた、あのロサンゼルス暴動の初日と重なっている。バンドはスタジオに居座らなかった。スレイヤー(Slayer)のトム・アラヤ(Tom Araya)を連れてジョシュア・ツリーの砂漠へ抜け、火が収まるまでの4〜5日をそこで過ごしてから戻っている。
ボーカルのレイン・ステイリー(Layne Staley)はリハビリ施設を出たばかりで、すぐにヘロインへ引き戻されていた。ドラムのショーン・キニー(Sean Kinney)、ベースのマイク・スター(Mike Starr)はアルコールと格闘していた。プロデューサーのデイヴ・ジャーデン(Dave Jerden)はセッション中、何度もステイリーにシラフになれと迫っている。健全な制作環境ではない。その不健全さがそのまま盤に刻まれた。前作『Facelift』の硬質なヘヴィネスは、Dirt では内側から崩れている。
ステイリー自身がこの盤を半分はコンセプト作だと語っている。痛みを埋める答えとして薬に手が伸びる地点から始まり、曲が進むごとに地獄へ滑り落ち、最後にそれが答えではなかったと知る。全13曲のうち「Junkhead」「God Smack」「Hate to Feel」はヘロインを名指しで歌い、残りの曲も依存・破壊・自死の影を引きずっている。リスナーに勧めるための音楽ではない。記録としての音楽である。
同時期のシアトル勢が「鬱屈」「諦め」「叫び」で各々の暗さを書いていた頃、Dirt の暗さは身体的で臨床的だった。歌詞の主語が「俺」になりすぎていない——薬物に触れた人間の解像度で書かれたあの距離感が、メタルの語り方に近い。
ジェリー・カントレルの手——サバスの語法を継ぐ
ジャーデンは前作『Facelift』に続いて指名された。彼が Dirt で組んだギターサウンドが、この盤を「メタル」へ寄せた最大の要因と言える。3つのアンプを並列で混ぜている。ボグナー・フィッシュのプリアンプで低域、ボグナー・エクスタシーで中域、ロックマン・ヘッドホンアンプで高域。信号を3分岐して同時に録り、1本のリフが3層に分解されたまま重なる。頭蓋骨の内側で鳴るような厚みは、この分解と再構成から出てくる。
カントレルが Dirt のリフ群で参照しているのは、紛れもなくトニー・アイオミ(Tony Iommi)の語法だ。カントレルはアイオミを自分の最大級の影響源のひとりに挙げ続けてきた。Dirt の核を貫いているのは、ダウンチューニングに頼らずに音を重くする発想と、短調の不穏を抱えたまま進む和声感だ。「Them Bones」の屈曲したオープニング、「Sickman」のずれた拍、「Junkhead」のドープな引きずり——どれも80年代以前のサバス・リフの語彙を90年代の録音技術で更新した結果と言える。
ステイリーとカントレルのハーモニーも、メタル側の発明から逆算されている。カントレルが本格的に歌い出すのは1992年のEP『Sap』からで、背中を押したのはステイリーだった。二声のバンドになる決断が、Dirt の設計を決めている。ハイとロウの二声を曲のテーマ提示部に堂々と置く構成は、同時期のシアトル勢では珍しい。「Down in a Hole」のサビ、「Would?」終盤の積み重ね。あの質感は、ジューダス・プリースト(Judas Priest)のグレン・ティプトン(Glenn Tipton)とK.K.ダウニング(K.K. Downing)が確立した2本のギターのハモリ——旋律を等価な二声で走らせるメタルの発想を、人の声へ移し替えたように響く。声色の暗さでは独自だが、重ね方の設計はメタル王道に直結している。
メタルの最深部から、Dirt の音は「俺たちの音」として聴かれていた。パンテラ(Pantera)のダイムバッグ・ダレル(Dimebag Darrell)が1995年のインタビューで残した言葉が、その聴かれ方をよく示している。
“The layering and the honest feel that Jerry Cantrell gets on [Alice in Chains’ Dirt] record is worth a lot more than someone who plays five million notes.”
ジェリー・カントレルがあの盤で出している音の重ね方と、嘘のないフィール。500万音弾く誰よりも、そっちのほうがずっと価値がある。
— ダイムバッグ・ダレル(Guitar International, 1995)
レイン・ステイリーの声と、二声の檻
ステイリーの声をジャーデンは16トラックに重ね、エヴェンタイドのハーモナイザーをディレイで噛ませた独自のエフェクトを「Layne Staley」と名付けている。ステイリーの声は、ハイトーンの絶叫型ではない。低い帯域に圧縮されたまま、語尾でかすかに割れる声だ。怒鳴らない。むしろ呟くように歌い、サビで初めて押し出す。
「Down in a Hole」を聴くとよくわかる。冒頭の独白パートでステイリーは半音以下のピッチで揺らぎ、サビでようやくカントレルの和音と組み合わさる。あの「組み合わさる瞬間」が遅れてくる構造そのものが、メタル的な”昇り”——遠くから歌が形を持って前に出てくる感覚を生んでいる。ジューダス・プリーストの「Beyond the Realms of Death」が示した、静から動への移行の文法に重なる設計だ。
「Rooster」はカントレルが父親(ベトナム戦争帰還兵)について書いた曲で、コーラスの主役は二声のハーモニーになる。サビが押し付けがましく抜けていかないのは、メタル王道のハーモニーが内省的な歌詞と接続するという、Dirt のもう一つの実験の結果として読める。ステイリーがリードでカントレルがハイ、を入れ替えるパートもあり、声優位の音楽が必ずしも「中央のひとり」を必要としない構造を見せている。
二人の声が「檻」のように絡む瞬間が、Dirt にはいくつもある。「Down in a Hole」のサビ、「Would?」終盤、「God Smack」のフック。一人称の輪郭が溶けて、歌の主が誰なのかが曖昧になっていく。だからこそ、依存というテーマが「彼の物語」を超えて、聴き手のほうへ侵入してくる。
Dirt をメタル系譜に置ける根拠
シアトルの他の3枚と並べて聴くと、輪郭の違いがはっきり浮かぶ。『Nevermind』が示したのは、パンクの破裂力をポップ・メロディに圧縮した発明である。『Ten』は古典ロックの構築美を継承した上に内省を流し込んだ盤だった。『Badmotorfinger』はサウンドガーデンが最もメタル寄りに振った瞬間で、Dirt の隣に置くと最も近い手触りを持っている。だが Badmotorfinger は変拍子と知性で複雑性を作っており、Dirt の手法とは違う。
Dirt の構造はもっとプリミティブな方向に振れている。半拍ダウンのグルーヴ、短調の進行、長尺のリフ反復、ヴァースとサビの大きな落差が組み合わさる。これらは80年代後半までのドゥーム/トラディショナル・メタルの基本作法に近い。スピード/スラッシュ/パワーといった直近の80sメタルではなく、もっと根に近い、サバスの『Master of Reality』が定めた言語の延長線にある。
テンポも示唆的だ。全13曲のうち、疾走感を売りにした曲は1つもない。重心はミディアム以下に置かれ、「Sickman」「Junkhead」「Hate to Feel」あたりはむしろ重く沈み込んでいく。グランジというよりはスラッジ寄りの手触りで、この遅さと重さは後年のストーナー/ドゥームが掘り直す鉱脈と地続きだ。メタルとオルタナティブの境界がまだ緩かった90年代後半、暗く遅い音を探すバンドはこの盤を何度も参照した。
批評史も Dirt を二重に置いてきた。ローリング・ストーン誌は2017年の「100 Greatest Metal Albums of All Time」で Dirt を26位に、2019年の「50 Greatest Grunge Albums」では6位に選んでいる。両方のリストに名前がある盤は Dirt だけではない。サウンドガーデンの『Louder Than Love』もメタル側の60番台とグランジ側の28位に載っている。だが二つのキャノンで同時に上位を占めた盤は、シアトル4大の中で Dirt しかない。RIAA 認定は発売から30年後の2022年に5×プラチナへ届き、バンドにとって商業的にも最大の盤になった。「メタル寄り」と「グランジの主役」を同時にやってのけた事実そのものが、Dirt の特異さを示している。
30年経った Dirt の現在地
ステイリーは2002年4月に他界した。マイク・スターも2011年に薬物関連で世を去っている。アルバムの主役の二人が直接の薬物関連で居なくなった事実は、Dirt を「グランジの一傑作」として整理する語り方を許さない重さを持っている。記録としての盤、というのはそういう意味になる。
リフの重ね方、ボーカルの遠さ、テンポの遅さ。この3つを継ぐ盤は、ストーナーやスラッジの側から今も出てくる。アリス・イン・チェインズ自身は2006年に加わったウィリアム・デュヴァール(William DuVall)を擁し、2009年の『Black Gives Way to Blue』からアルバムを重ねて現役を続けている。過去形で語れるバンドではない。
Dirt を「シアトル4大の中で唯一メタルと呼べる盤」と言い切る根拠は、音そのものにある。リフ中心の構造で書かれ、ハーモニーが歌のフックを作り、テンポは速くなることを拒んでいる。サバスの語法で組まれた構造を、Dirt は別の湿度で書き直した音である。30年以上経って、Dirt のメタル成分はむしろ強くなって聴こえる。
『Dirt』を今夜かけると、針の落ちる速度が違って感じられる。これがメタルなのか、グランジなのか、と問うこと自体がもう古い問いに感じられるほどに、この音は自分の場所を確保している。シアトルの灰色の空にサバスの黒い影が映っていて、その音が今もどこかで鳴っている。

