SEPULTURA『Roots』は民族音楽をメタルに混ぜていない

民族音楽 メタル ── SEPULTURA『Roots』は民族音楽をメタルに混ぜていない 名盤ガイド
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音は最初のリフで地面を取りに来る。「Roots Bloody Roots」の引きずるような重低音は、1996年のメタルが鳴らした音の中でいまも別格にきこえる。ギターは沈み込む。太鼓は地面の上で踏み返す。声は喉の奥から削れて出てくる。民族音楽とメタルが同じ部屋で並んで鳴った盤——セパルトゥラ(SEPULTURA)『Roots』を、もう一度頭から流してみる。

セパルトゥラ『Roots』(1996)の芯は、ブラジル先住民シャヴァンテ族の集落へ出向いて録った詠唱と打楽器にある。彼らの声はオーバーダブなしのまま盤に残り、極端に低く落としたギターの隣で同時に鳴る。世界で2百万枚を超えたこの一枚が、以後のグルーヴ/ニューメタルの下敷きとして読み継がれてきた。

「Roots Bloody Roots」が鳴り出した秒

民族音楽 メタル——薄暗がりに浮かぶエレクトリックギターの弦とノブ
Photo by byVlado on Unsplash

イントロのギターはB♭まで沈んでいる。標準Eから半音6つ下——ちょうどトライトーンぶんの深さになる。アンドレアス・キッセル(Andreas Kisser)は.013から.056という太い弦でこの低音を支え、ピッキングのアタックを潰さない。だから音は「ぐにゃっ」と崩れず、踏みつぶす速度のまま走ってくれる。

そこへイゴール・カヴァレラ(Igor Cavalera)のドラムが入ってくる。シンバルを減らし、タムとフロアタムを前に押し出した打ち方だ。カルリーニョス・ブラウン(Carlinhos Brown)が編成した手打ち打楽器が同じ空間で同時に鳴っているから、ドラムキットそのものが打楽器の輪に混じった音に聞こえてくる。

マックス・カヴァレラ(Max Cavalera)の声は、ここで「叫ぶ」より「呻く」方へ寄った。怒りはトレモロの速度ではなく、腹から押し出される圧で出てくる。歌詞は短く、繰り返しが多く、呪文に近い反復へ落ち着いていく。

シャヴァンテ族との録音——民族音楽とメタルを混ぜずに並べる

民族音楽 メタル——手で叩く太鼓の胴を捉えたクローズアップ
Photo by Paul Zoetemeijer on Unsplash

表題曲と並んで核を担うのが「Itsári」だ。シャヴァンテ語で「ルーツ」を意味するこの曲は、1995年11月5日、ブラジル・マットグロッソ州のアルデイア・ピメンテル・バルボーザで録られた。バンドはスタジオへ呼びつけず、自分たちが集落へ出向いている。乗っているのは治癒の儀式で歌われる詠唱で、シャヴァンテの人々が自分たちで歌った声が、オーバーダブなしのまま盤に残っている。

ここがこの盤の作法の核心になる。サンプリングで切り貼りせず、現地で並んで鳴らしている。だからメタル側がエキゾ要素を上へ載せた構図にならない。詠唱の重心はそのまま残り、その声はアルバム後半の「Born Stubborn」にもう一度顔を出す。録音の場に主客がなかった。

カルリーニョス・ブラウンの仕事もこの線で効く。彼はアルバム全体の打楽器パートを編成・指揮し、ポルトガル語で歌う「Ratamahatta」ではマックスとボーカルを分け合っている。セパルトゥラの曲でポルトガル語の詞が乗った数少ない一曲で、歌はブラジルの大衆文化に刻まれた名前を次々に呼んでいく。

ロス・ロビンソンの録音と、コーンとの相互影響

民族音楽 メタル——暗がりに置かれたスタジオ用コンデンサーマイク
Photo by Jonathan Velasquez on Unsplash

録音はマリブのインディゴ・ランチで1995年10月から12月にかけて行われた。プロデューサーのロス・ロビンソン(Ross Robinson)は、同じ時期にコーン(Korn)のデビュー作と続く2作目を手がけている。低音を太く取り、ボーカルの息と唾の質感まで残す——皮膚の下まで拾う録音は、この人の手癖が出る部分でもある。

影響の流れは一方通行ではない。コーンの極端なはセパルトゥラに刺さり、セパルトゥラの『Chaos A.D.』はコーン側が浴びるように聴いていた。ギターのマンキー(Munky)は同じ取材で、自分たちこそセパルトゥラを真似ていたのだと言っている。距離が近すぎたぶん、当時のジョナサン・デイヴィス(Jonathan Davis)の耳にはこう聞こえた。

“That was just a blatant Korn rip-off, and I had it out with producer Ross Robinson about that, because he just took our sound and gave it to Sepultura.”

あれは露骨なコーンのパクりだった。プロデューサーのロス・ロビンソンとは、そのことでやり合ったよ。あいつは俺たちの音を、そのままセパルトゥラに渡したんだ。

— Jonathan Davis(Korn)/Metal Hammer, 2016

デイヴィスは同じ取材で、それが大きな賛辞でもあったと認め、セパルトゥラは自分たちに最も影響を与えたバンドの一つだから大目に見る、と付け足している。彼がマイク・パットン(Mike Patton)、DJレザル(DJ Lethal)と並んで「Lookaway」にゲスト参加した事実が、この押し合いの距離をそのまま示している。

マックス・カヴァレラの最後の一枚という事実

『Roots』はマックス・カヴァレラがセパルトゥラに残した最後のアルバムでもある。1996年8月、英ドニントンの「Monsters of Rock」に出る直前、マックスの義理の息子ダナ・ウェルズが交通事故で他界した知らせが届く。マックスは会場を離れ、残った三人はアンドレアスがボーカルを取って公演を完遂している。

同年12月16日、ロンドンのブリクストン・アカデミーでの公演がマックスにとっての最後のステージとなった。数か月のあいだにバンド側はマネジメントの刷新を求め、マックスの妻でダナの母、マネージャーだったグロリア・カヴァレラ(Gloria Cavalera)の解任を持ち出す。悲しみの最中にいたマックスは裏切られたと受け取り、バンドを離れた。この夜の27曲は、のちに『Under a Pale Grey Sky』として世に出ている。

1年後、彼はソウルフライ(Soulfly)を結成し、『Roots』で踏み込んだ線をさらに深めていく。

30年後の『Roots』が残した作法

この盤が渡したものは、リフのコピーよりも録り方の伝播として出ている。マックスのソウルフライ、兄弟で組んだカヴァレラ・コンスピラシー——どれも『Roots』の延長線上で、土地の音との接触を続けてきた。2016年には兄弟が『Roots』を頭から全曲通すReturn to Rootsのツアーを回っている。

『Roots』が拡げた線は、メタルが自分の土地の音楽を対等な共演相手として扱えると示したことにある。ドキュメンタリー的な珍しさで終わらず、盤の構造そのものに食い込んだ音として残った。

セパルトゥラ本体は、いま終わりへ向かっている。2024年から続く解散ツアーは、2026年11月7日のサンパウロ公演を最後の一夜として発表された。マックスもイゴールもいない編成で40年余を閉じるバンドが、最後まで背負っていく代表作の一枚がこの『Roots』だ。

🎵 通しで聴くと「Itsári」が中盤に置かれた意味が見えてくる。
『Roots』: Amazon

🎬 ロードランナー公式チャンネルのMV。B♭まで落ちた最初のリフの手触りがそのまま入っている。
『Roots』が更新したのは音の重さではなく、録り方だった。相手の音楽を素材として切り出さず、同じ場所で同時に鳴らす。この手つきが、メタルが自分の土地の音と向き合うときの前例になった。

30年経った『Roots』を、もう一度頭から再生してみるといい。重い音を拾って通り過ぎず、「Itsári」のある場所まで歩いてみる値打ちは、いま聴いてもそのまま残っている。

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