1996年の秋、テレビのワイドショーが一人の男の顔を映すたび、肝心の音楽は後ろへ押しやられていた。十字架、カラーコンタクト、保護者団体の抗議——その騒ぎの渦の中心で鳴っていた『Antichrist Superstar』を、30年後のいま、騒ぎ抜きで聴き直すとどうなるか。マリリン・マンソン(Marilyn Manson)の2作目は、ショック・ロックの見世物として消費された反面、その下で鳴っていた音は驚くほど精緻に組み上げられている。
見世物として消費されたアルバム
発売当時、この作品は「危険物」として扱われた。全米デビューはビルボード200の3位、初週で13万2千枚を売っている。数字だけ見れば成功そのものなのに、世間で語られたのは音ではなかった。ステージ上の挑発と、それに反応する大人たちの怒りばかりが見出しを埋めた。
マンソン本人も、その消費のされ方を計算に入れていた節がある。アルバムは虫けらのような存在から反キリストへと変貌していく一人の人物を主人公に据えた、ロックオペラの体裁を取っている。挑発は物語をまとう衣装であって、その衣装ばかりが話題をさらった。保護者団体の抗議が遠い記憶になったいま、ようやく衣装の下にあった音が見えてくる。
残るものは何か。トレント・レズナー(Trent Reznor)が深く関与した、当時のオルタナティブメタルを一段押し上げる音響だった。
レズナーが持ち込んだ録音の手触り
制作はニューオーリンズのナッシング・スタジオで行われた。レコーディングの最中、バンドは薬物と睡眠不足を意図的に自らへ課し、敵意と緊張に満ちた環境を作り出そうとしたと伝えられている。その異常な制作の空気は、完成した音の張り詰めた質感にそのまま滲んでいる。
レズナーと、スキニー・パピー(Skinny Puppy)を手がけたデイヴ・オグルヴィ(Dave Ogilvie)が持ち込んだのは、ギターリフをインダストリアルのノイズ層へ縫い合わせる手つきだった。歪んだギターの裏で、機械的なループとサンプルが絶えず軋んでいる。「The Beautiful People」の頭で鳴る、あの引きずるようなリフの周りを、金属的なパーカッションが取り囲む。リフ単体ならただのヘヴィなロックなのに、そこへ重なるノイズの層が、音像を不穏にざらつかせていく。
同じ手触りは、海外のリスナーの耳にも残っている。あるレビューは、この分厚さをレズナーの関与へまっすぐ結びつけていた。
“Possibly due to Trent Reznor’s involvement with the production on all the band’s releases up until this point, Antichrist Superstar has a very thick, angry, and gritty industrial feel to it.”
この時点までのバンドの全リリースにレズナーが制作で関わっていたためだろう、『Antichrist Superstar』はとても分厚く、怒気を孕んだ、ざらついたインダストリアルの手触りを持っている。
— RateYourMusic ユーザーレビュー
声が物質に変わる瞬間
ボーカルの設計も尋常ではない。マンソンの声は曲ごとに別人のように加工され、囁きから絶叫まで何層にも積み重ねられている。「Cryptorchid」の中盤、声が機械の中へ吸い込まれていくような処理がかかる箇所がある。そこでは人の声が、感情を運ぶ媒体ではなく一個の物質に変わる。歌い手の気持ちを伝えるためではなく、人格が崩れていく物語を音そのもので見せるための声だった。
三つのサイクルが描く物語
『Antichrist Superstar』を頭から通して聴くと、過激な曲を雑多に並べた寄せ集めではないことがわかる。アルバムは三つのサイクルに分かれている。第一部「The Heirophant」、第二部「Inauguration of the Worm」、第三部「Disintegrator Rising」。踏みつけられる側だった主人公が、世界を滅ぼす独裁者へと変貌していく筋書きが、曲順そのものに刻まれている。
この作品はのちに三部作の第一作として位置づけられた。1998年の『Mechanical Animals』、2000年の『Holy Wood』へと続く物語は、時系列を逆向きに辿ると一本に繋がる仕掛けになっている。最初の一枚を作った時点で、ここまでの構想がどこまで固まっていたのかはわからない。だがこのアルバム単体が、起伏を持った一個の物語としてきっちり閉じているのは、聴けば伝わってくる。
創設メンバーのギタリスト、デイジー・バーコウィッツ(Daisy Berkowitz)は、レコーディングの途中で険悪な形でバンドを去っている。彼が関わった最後の作品が、よりによって崩壊と変貌を描いたこのアルバムになった。皮肉な符合に見える。
30年後の『Antichrist Superstar』に残るもの
先行シングルだった「The Beautiful People」は、いま聴いても古びていない。フロリア・シジスモンディ(Floria Sigismondi)が監督したミュージックビデオの異形のイメージには時代の刻印が色濃いが、曲そのものの骨格——拍を食う変則的なリフと、サビでのコール・アンド・レスポンス——は、30年後の身体もまだ揺らす。モダン・ロック・チャートで26位という記録以上に、この曲はライブの現場で観客を動かし続けてきた。
アルバム全体を貫いているのは、怒りを設計図へ落とし込む冷静さだった。激情をそのまま吐き出したのではなく、人格が壊れていく過程を音響として構築していく知性が、全編に働いている。ローレイン・アリ(Lorraine Ali)はローリング・ストーン誌で、この作品がグランジの支配を終わらせたと評した。グランジが内へ沈み込む音楽だったとすれば、このアルバムは崩壊を外へ向けて劇場に変えた。
ショック・ロックの旗手という肩書きを外したあとに残るのは、緻密に積み上げられた一枚のコンセプトアルバムだった。30年前のテレビが映さなかったのは、まさにその設計の精度のほうだ。騒ぎが鎮まったいま、この音は見世物を抜きにしても十分すぎるほど鳴っている。私はそう聴いた。

