この金曜日(5月15日)、スレイヤー(Slayer) の Hell Awaits(1985年)が40周年記念盤として再リリースされる。3LP Box Setと3CD Earbookには、1985年ドイツ・ボーフム(Bochum)でのライブ音源が収録されている。全18曲の初公式リリースだ。ファンにとっては待望の一枚だが、今日は発売告知より先に、このアルバムが生まれた現場の話をしたい。
1985年、スレイヤーはロサンゼルスのスタジオで2作目を録音した。ところが、プロデューサーの席に場違いな男がいた。ヘヴィメタルをほとんど聴いたことのない人物だ。その邂逅が、アルバムに独特の緊張感を刻み込んだ。やがてそれが、エクストリームメタルの地図を書き換えることになる。
ヘヴィメタルを知らない男が、スレイヤーを録った
スレイヤーのデビュー作 Show No Mercy(1983年)は、ほぼ自前の予算で作られたアルバムだった。ヴォーカリスト兼ベーシストのトム・アラヤ(Tom Araya)が自費を投じ、ギタリストのケリー・キング(Kerry King)は父親からの借金で費用の一部を賄った。Metal Blade Recordsのオーナー、ブライアン・スラジェル(Brian Slagel)は流通・販売の立場で、制作への直接関与はなかった。
Hell Awaits で状況が変わった。スラジェルが初めて制作費を負担し、プロデューサーにロン・フェア(Ron Fair)が起用された。フェアはChrysalis Recordsでの経験を持つ、ポップス・ロック畑のプロデューサーで、ヘヴィメタルのレコーディングはこれが初めてだった。スタジオでスレイヤーの音を初めて耳にした彼が漏らした言葉が、今も語り草になっている。
「こいつら、本当に怒ってるな(Wow, these guys are really angry)」
メタル未経験が生んだ、生々しさ
音づくりの実務を担ったのは、エンジニアのビル・メトヤー(Bill Metoyer)だった。前作EP Haunting the Chapel(1984年)でも同じ役割を担った人物だ。録音はハリウッドの「Eldorado Studio」とロサンゼルスの「Track Record」の2か所で行われた。そこで化学反応が起きた。メタル未経験のプロデューサーと4人組の緊張が、音に刻み込まれていった。
ロン・フェアはメタルの文法を知らなかったから、バンドの演奏に余計な干渉をしなかった。スレイヤーが持っていた生々しい攻撃性と暗黒性が、そのまま記録された。外部の予算が入ってスタジオ時間の制約は緩んだものの、アルバム全体には奇妙な緊張感が漂う。メタル未経験のプロデューサーが隣にいる状況が、音ににじんでいる。前作より音は整い、それでも何かへの手探りが残る。その質感が、このアルバムの独自性になった。
メルシフル・フェイト(Mercyful Fate)の『Melissa』に夢中だった——曲が長くなった理由
Hell Awaits がデビュー作と大きく異なる点のひとつが、楽曲の長さと構造だ。7曲のうち3曲が6分を超え、タイトルトラック「Hell Awaits」は9分39秒に達する。なぜスレイヤーが突然、これほど複雑な構成の曲を書くようになったのか。ケリー・キングが後年語った言葉に、その答えがある。
「ジェフ(・ハンネマン / Jeff Hanneman)と俺は、どういうミュージシャンになりたいのかまだ模索していた。そして曲を書いている時期、ふたりはメルシフル・フェイト(Mercyful Fate)の Melissa(1983年)にどっぷりハマっていた」
メルシフル・フェイトはデンマーク出身のヘヴィメタルバンドだ。キング・ダイアモンド(King Diamond)の悪魔崇拝的な世界観と、叙情的で複雑な楽曲で知られる。NWOBHMの系譜を引きながら、より暗く、より演劇的な音世界を構築していた。ハンネマンとキングが感化されたのは、その「邪悪さを組み立てる方法論」だっただろう。
タイトルトラックに刻まれた暗黒の演出
タイトルトラック「Hell Awaits」の冒頭には、数秒間の逆回転音声が挿入されている。「地獄の声」を模したとされるこの導入は、単純なスラッシュの猛攻から始まるのではなく、聴く者を不気味な世界観へと引き込む装置だ。こうした演出は前作にはなかった。「Kill Again」「Necrophiliac」「Crypts of Eternity」といった曲名は、後にデスメタルが整備する「死・腐敗・悪魔崇拝」の書法を、1985年の段階ですでに示していた。
Show No Mercy がNWOBHMの直系として疾走感と荒々しさを武器にしていたのに対し、Hell Awaits はそこに「暗黒の叙情性」と「構成の複雑さ」を加えた実験作だ。その実験は完全には結実しなかったものの、翌年の Reign in Blood で凝縮・研磨されることになる。スレイヤーの「迷いの記録」として、このアルバムは興味深い。
デイヴ・ロンバルド(Dave Lombardo)——ダブルベースドラムの神話、そのはじまり
Hell Awaits を語る上で欠かせないのが、ドラマーのデイヴ・ロンバルド(Dave Lombardo)の存在だ。このアルバムは全7曲を通じて、ダブルバスドラムがほぼ途切れることなく鳴り続けている。「常に二枚のキックで走り続ける」という発想は、当時のヘヴィメタルのドラマーの中ではまだ少数派だった。
後にドラム専門メディアのDrummer Worldは、ロンバルドを「ダブルベースの神(godfather of double bass)」と称した。1985年、イギリスの音楽誌 Metal Forces の読者投票では、ロンバルドがベストドラマーに、Hell Awaits 自体もベストアルバムに選ばれた。アルバムリリースの年に、すでにその重要性が認識されていた。
ロンバルド自身がこのアルバムで最も好きな曲として挙げているのが「At Dawn They Sleep」だ。本人はこう語っている。「あの曲はちょっとスローでグランジっぽい。でも終盤にダブルバスのパートが来る。その対比が気に入ってた」。スローな展開から一気にテンポが跳ね上がる構成は、6分20秒という長さを体感として短くする。
ダブルバスの遺産、次の世代へ
ロンバルドはその後、スレイヤーとの間で数度にわたる脱退と復帰を繰り返し、最終的には2013年に正式に離脱した。彼が Hell Awaits で示したアプローチは、次の世代に受け継がれた。「ダブルバスドラムを持続的に使い続ける」という発想が、スラッシュメタルからデスメタル、グラインドコアへ連鎖するドラミングの基本文法になった。ロンバルドは現在も複数のバンドや自身のプロジェクトで活動を続けている。
Reign in Blood の影で語られてきた名盤——40年後に呼び起こされるもの
Hell Awaits が長らく「スレイヤーの2作目」という地味な位置づけに甘んじてきた最大の理由は、翌1986年の Reign in Blood があまりにも歴史的な傑作だったからだ。プロデューサーにリック・ルービン(Rick Rubin)を迎え、26分44秒・全10曲という構成で完成したアルバムは、スラッシュメタルの「究極の完成形」として今も語り継がれる。
模索があったから、傑作が生まれた
Reign in Blood がああなり得たのは、Hell Awaits という模索の過程があったからだ。考えてみれば、そのつながりは必然だった。メルシフル・フェイトへの傾倒から来た長尺の実験。場違いなプロデューサーとの緊張関係。外部資金を初めて得たことで広がった制作の選択肢。これらの経験がなければ、バンドが次作で凝縮と研磨に舵を切ることはなかっただろう。Hell Awaits は、Reign in Blood の「準備期間」の記録でもある。
このアルバムの影響は、スレイヤー自身の進化とは別のルートでも広がった。パンテラ(Pantera)を率いたフィル・アンセルモ(Phil Anselmo)は、Hell Awaits からの影響を公言している。デス(Death)やダーク・エンジェル(Dark Angel)で活躍したドラマー、ジーン・ホグラン(Gene Hoglan)も同様だ。80年代後半から90年代前半にかけてデスメタルとブラックメタルが爆発的に展開した背景には、このアルバムが撒いた種がある。
40年後の生々しさ
ジェフ・ハンネマンは2013年5月2日、肝不全により49歳で他界した。スレイヤーは2019年に解散ツアーを終え、2024年以降は散発的にリユニオンショーを実施している。
今回の40周年記念盤に収められたボーフム1985年のライブ音源は、4人が実際にステージでこの曲たちをぶつけていた記録だ。18曲分の轟音が初めて公式にリリースされる。その意味は、ノスタルジーだけでは説明しきれない。1985年の生々しさが、今の耳に直接届く。


