「こいつら、本当に怒ってる」——ヘヴィメタル未経験のプロデューサーが録ったSLAYER「Hell Awaits」(1985)の真実

Hell Awaits ── 「こいつら、本当に怒ってる」——ヘヴィメタル未経験のプロデューサーが録ったSLAYER「Hell Awaits」(1985)の真実 裏方列伝
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2026年5月15日、スレイヤー(SlayerHell Awaits(1985年)が40周年記念盤として再リリースされた。3LP Box Setと3CD Earbookには、1985年ドイツ・ボーフム(Bochum)でのライブ音源が収録されている。全18曲の初公式リリースだ。ファンにとっては待望の一枚だが、ここではその内容そのものより先に、このアルバムが生まれた現場の話をしたい。

1985年、スレイヤーはロサンゼルスのスタジオで2作目を録音した。ところが、プロデューサーの席に場違いな男がいた。ヘヴィメタルをほとんど聴いたことのない人物だ。その邂逅が、アルバムに独特の緊張感を刻み込んだ。やがてそれが、エクストリームメタルの地図を書き換えることになる。

Hell Awaits の邪悪さは、ヘヴィメタルを知らないプロデューサーがバンドの音に手を加えなかったところから生まれた。その放置が残した緊張と生々しさが、後のデスメタルブラックメタルの土台になっている。

ヘヴィメタルを知らない男が、スレイヤーを録った

スレイヤーのデビュー作 Show No Mercy(1983年)は、ほぼ自前の予算で作られたアルバムだった。ヴォーカリスト兼ベーシストのトム・アラヤ(Tom Araya)が自費を投じ、ギタリストのケリー・キング(Kerry King)は父親からの借金で費用の一部を賄った。Metal Blade Recordsのオーナー、ブライアン・スラジェル(Brian Slagel)は流通・販売の立場で、制作への直接関与はなかった。

Hell Awaits で状況が変わった。スラジェルが初めて制作費を負担し、プロデューサーにロン・フェア(Ron Fair)が起用された。フェアはChrysalis Recordsでの経験を持つ、ポップス・ロック畑のプロデューサーで、ヘヴィメタルのレコーディングはこれが初めてだった。スタジオでスレイヤーの音を初めて耳にした彼が漏らした言葉が、今も語り草になっている。

こいつら、本当に怒ってるな(Wow, these guys are really angry)

メタル未経験が生んだ、生々しさ

音づくりの実務を担ったのは、エンジニアのビル・メトヤー(Bill Metoyer)だった。前作EP Haunting the Chapel(1984年)でも同じ役割を担った人物だ。録音はハリウッドの「Eldorado Studio」とロサンゼルスの「Track Record」の2か所で行われた。そこで化学反応が起きた。メタル未経験のプロデューサーと4人組の緊張が、音に刻み込まれていった。

ロン・フェアはメタルの文法を知らなかったから、バンドの演奏に余計な干渉をしなかった。スレイヤーが持っていた生々しい攻撃性と暗黒性が、そのまま記録された。外部の予算が入ってスタジオ時間の制約は緩んだものの、アルバム全体には奇妙な緊張感が漂う。メタル未経験のプロデューサーが隣にいる状況が、音ににじんでいる。前作より音は整い、それでも何かへの手探りが残る。その質感が、このアルバムの独自性になった。

Hell Awaits——暗いスタジオのオーディオミキサー
Photo by Liam Briese on Unsplash

メルシフル・フェイト(Mercyful Fate)の『Melissa』に夢中だった——曲が長くなった理由

Hell Awaits がデビュー作と大きく異なる点のひとつが、楽曲の長さと構造だ。7曲のうち3曲が6分を超え、タイトルトラック「Hell Awaits」は逆回転音声のイントロを含めて6分16秒に及ぶ。切り詰めた速射で畳みかけたデビュー作から一転、曲の尺も構成も明らかに膨らんだ。なぜスレイヤーが突然、これほど込み入った構成の曲を書くようになったのか。ケリー・キングが後年語った言葉に、その答えがある。

「Hell Awaits には間違いなくメルシフル・フェイト(Mercyful Fate)の影響がある。やたら長い曲と、1万回はあるようなリフチェンジを聴けばわかる」

キングは自分の愛聴盤を挙げる場でも Melissa(1983年)を選び、メルシフル・フェイトが自分たちの音を見つけた一枚だと評している。曲を書いていた当時、キングとジェフ・ハンネマン(Jeff Hanneman)はこのバンドに深く傾倒していた。

メルシフル・フェイトはデンマーク出身のヘヴィメタルバンドだ。キング・ダイアモンド(King Diamond)の悪魔崇拝的な世界観と、叙情的で複雑な楽曲で知られる。NWOBHMの系譜を引きながら、より暗く、より演劇的な音世界を構築していた。ハンネマンとキングが感化されたのは、その「邪悪さを組み立てる方法論」だっただろう。

タイトルトラックに刻まれた暗黒の演出

タイトルトラック「Hell Awaits」の冒頭には、数秒間の逆回転音声が挿入されている。逆再生すると「join us(我らに加われ)」という声が繰り返し浮かぶこの導入は、単純なスラッシュの猛攻から始まるのではなく、聴く者を不気味な世界観へと引き込む装置だ。こうした演出は前作にはなかった。「Kill Again」「Necrophiliac」「Crypts of Eternity」といった曲名は、後にデスメタルが整備する「死・腐敗・悪魔崇拝」の書法を、1985年の段階ですでに示していた。

🎵 タイトルトラック冒頭の逆回転音声から始まる一枚だ。
『Hell Awaits』40周年記念盤: Amazon

Show No Mercy がNWOBHMの直系として疾走感と荒々しさを武器にしていたのに対し、Hell Awaits はそこに「暗黒の叙情性」と「構成の複雑さ」を加えた実験作だ。その実験は完全には結実しなかったものの、翌年の Reign in Blood で凝縮・研磨されることになる。スレイヤーの「迷いの記録」として、このアルバムは興味深い。

Hell Awaits——暗いステージでギターを弾く人物のシルエット
Photo by Akshar Dave🌻 on Unsplash

デイヴ・ロンバード(Dave Lombardo)——ダブルベースドラムの神話、そのはじまり

Hell Awaits を語る上で欠かせないのが、ドラマーのデイヴ・ロンバード(Dave Lombardo)の存在だ。このアルバムは全7曲を通じて、ダブルバスドラムがほぼ途切れることなく鳴り続けている。「常に二枚のキックで走り続ける」という発想は、当時のヘヴィメタルのドラマーの中ではまだ少数派だった。

後にドラム専門メディアのDrummerworldは、ロンバードを「ダブルベースの神(godfather of double bass)」と称した。1985年、イギリスの音楽誌 Metal Forces の読者投票では、ロンバードがベストドラマーに、Hell Awaits 自体もベストアルバムに選ばれた。アルバムリリースの年に、すでにその重要性が認識されていた。

ロンバード自身がこのアルバムで最も好きな曲として挙げているのが「At Dawn They Sleep」だ。本人はこう語っている。「あの曲はちょっとスローでグランジっぽい。でも終盤にダブルバスのパートが来る。その対比が気に入ってた」。スローな展開から一気にテンポが跳ね上がる構成は、6分17秒という長さを体感として短くする。

🎬 タイトルトラック。冒頭の逆回転音声から6分超の旅が始まる。

ダブルバスの遺産、次の世代へ

ロンバードはその後、スレイヤーとの間で数度にわたる脱退と復帰を繰り返し、最終的には2013年に正式に離脱した。彼が Hell Awaits で示したアプローチは、次の世代に受け継がれた。「ダブルバスドラムを持続的に使い続ける」という発想が、スラッシュメタルからデスメタル、グラインドコアへ連鎖するドラミングの基本文法になった。ロンバードは現在も複数のバンドや自身のプロジェクトで活動を続けている。

Reign in Blood の影で語られてきた名盤——40年後に呼び起こされるもの

Hell Awaits が長らく「スレイヤーの2作目」という地味な位置づけに甘んじてきた最大の理由は、翌1986年の Reign in Blood があまりにも歴史的な傑作だったからだ。プロデューサーにリック・ルービン(Rick Rubin)を迎え、28分58秒・全10曲という構成で完成したアルバムは、スラッシュメタルの「究極の完成形」として今も語り継がれる。

模索があったから、傑作が生まれた

Reign in Blood がああなり得たのは、Hell Awaits という模索の過程があったからだ。考えてみれば、そのつながりは必然だった。メルシフル・フェイトへの傾倒から来た長尺の実験。場違いなプロデューサーとの緊張関係。外部資金を初めて得たことで広がった制作の選択肢。これらの経験がなければ、バンドが次作で凝縮と研磨に舵を切ることはなかっただろう。Hell Awaits は、Reign in Blood の「準備期間」の記録でもある。

このアルバムの影響は、スレイヤー自身の進化とは別のルートでも広がった。パンテラ(Pantera)を率いたフィル・アンセルモ(Phil Anselmo)は、Hell Awaits からの影響を公言している。デス(Death)やダーク・エンジェル(Dark Angel)で活躍したドラマー、ジーン・ホグラン(Gene Hoglan)も同様だ。80年代後半から90年代前半にかけてデスメタルとブラックメタルが爆発的に展開した背景には、このアルバムが撒いた種がある。

“Hell Awaits just holds the entire thing. Every bit of everything to do with heavy music. Slayer are gods, the best band from California, for sure.”

「Hell Awaits にはすべてが詰まっている。ヘヴィな音楽にまつわる、その一切合切がだ。スレイヤーは神だ、カリフォルニア最高のバンドで間違いない」

— フィル・アンセルモ(Phil Anselmo)

🎬 ロンバードが最も好きと語った曲。スローな展開から終盤でダブルバスへ転換する。

40年後の生々しさ

ジェフ・ハンネマンは2013年5月2日、肝不全により49歳で他界した。スレイヤーは2019年に解散ツアーを終え、2024年以降は散発的にリユニオンショーを実施している。

今回の40周年記念盤に収められたボーフム1985年のライブ音源は、4人が実際にステージでこの曲たちをぶつけていた記録だ。18曲分の轟音が初めて公式にリリースされた。その意味は、ノスタルジーだけでは説明しきれない。1985年の生々しさが、今の耳に直接届く。

ポップス系プロデューサーが「こいつら、本当に怒ってるな」と呟いたあのスタジオから、40年が経った。その怒りは今も、このレコードの溝の中で鳴り続けている。
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