TRIVIUM『Ascendancy』——19歳が背負った「世紀最高」

TRIVIUM Ascendancy ── TRIVIUM『Ascendancy』——19歳が背負った「世紀最高」 バンド・ストーリー
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ツインギターが、ぴたりと重なって駆け上がっていく。叫びの直後に、喉を開いたクリーンの歌が乗る。速い。速いのに、ハーモニーの輪郭は最後まで崩れない。これを鳴らしていたのは、まだ十代の若者たちだった——トリヴィアム(TRIVIUM)。2005年の『Ascendancy』で、彼らはメタルの最前線へ一気に押し出された。

トリヴィアムは2005年の『Ascendancy』で「世紀最高のメタルバンド」と煽られ、その期待の重さと賛否を浴びながら、二十年以上かけて自分たちの音で答えを出し続けてきたバンドである。

TRIVIUM『Ascendancy』——19歳が背負った「世紀最高」

TRIVIUM Ascendancy——逆光に沈むステージのシルエット
Photo by Sebastian Ervi on Unsplash

『Ascendancy』は2005年3月に出た。フロリダ州オーランドの若いバンドが、ロードランナー・レコードから放った2枚目だ。冒頭から終盤まで刻みの速さとメロディの強さが同居していて、聴いていると息を継ぐ場所を探すことになる。「Pull Harder on the Strings of Your Martyr」のリフが走り出す瞬間、身体が勝手に前へ傾く。叫びとクリーンの歌を一人で行き来するボーカルが、まだ何者でもない若者の声で鳴っている。

当時、英国の雑誌がこのバンドを表紙に立てた。燃えるフライングVを抱えたフロントマンの写真に、こう刷ってあった——「Sabbath… Maiden… MetallicaTrivium」。その隣に、「世紀最高のメタルバンド」の文字。フロントマンのマット・ヒーフィー(Matt Heafy)は、このとき19歳だった。アルバムはその年のKerrang!アワードで年間最優秀作に選ばれた。

十代でこの評価を浴びるのが、どういうことなのか。先人の名を三つ並べた、その隣に自分のバンド名を置かれる。光栄であると同時に、相当な重圧でもある。提示された期待を、これから演奏で証明し続けろ、という話になる。

遡れば、トリヴィアムの結成は1999年だ。オーランドで組まれたバンドにギターのヒーフィーが加わり、やがてボーカルも兼ねるようになった。2003年のデビュー作『Ember to Inferno』はドイツの小さなレーベルから出た一枚で、これがロードランナーの目に留まる。翌年に契約を交わし、力を全部詰め込んで作り上げたのが『Ascendancy』だった。ギターのコリィ・ビューリュー(Corey Beaulieu)とベースのパオロ・グレゴリート(Paolo Gregoletto)が加わり、いまも続く中心の編成がここで固まった。

日本生まれのフロントマン

ヒーフィーには、日本の聴き手がにやりとする背景がある。彼は山口県の岩国で生まれた。母は日本人で、ミドルネームに「キイチ」を持つ。本人はインタビューで、トリヴィアムを日本のバンドだと思ってほしい、と語ったことがある。あの轟音の中心にいる男は、半分こちら側の人間なのだ。

🎵 Spotifyで Trivium -『Ascendancy』を聴く

2005年の2枚目。叫びとメロディが全速力で同居する一枚。
🎬 YouTubeで Trivium「Pull Harder On The Strings Of Your Martyr」を観る

『Ascendancy』の熱量を象徴する一曲。

期待を裏切る、という選択

TRIVIUM Ascendancy——観客を照らすステージの照明
Photo by Yvette de Wit on Unsplash

彼らが次に差し出した答えは、多くのファンの予想を外していった。2006年の『The Crusade』だ。叫びはほとんど消え、ヒーフィーの声はクリーンの歌へ寄った。7弦ギターを導入し、スラッシュメタルの骨格を前面に押し出す。聴こえてくる歌い回しは、メタリカ(Metallica)のジェイムズ・ヘットフィールド(James Hetfield)を思わせるものだった。

反応は割れた。前作の叫びに焦がれた層は、肩透かしを食らったと感じる。ヒーフィー自身は、自分たちはもともと叫ぶバンドが好きだったわけではない、と説明している。十代で貼られた最大級の評価を、彼らは額面どおりには受け取らなかった。煽られた方向へまっすぐ走るのではなく、自分たちが本当に鳴らしたい音の方へ舵を切ったことになる。

正直に言えば、危うい賭けだった。勢いのあるバンドが、その勢いの源を自分から外しにいったのだから。評価が二分されたのは当然の帰結でもある。素直に第二の『Ascendancy』を作る道もあったはずで、それを選ばなかった事実が、後からじわじわ効いてくる。

『Shogun』で取り戻したもの、そして長い回り道

TRIVIUM Ascendancy——夜のライブ会場と観客
Photo by Spencer Davis on Unsplash

2008年の『Shogun』で、叫びが戻ってきた。クリーンの歌も残したまま、前作で薄まった攻撃性を取り戻した一枚で、多くの聴き手がこれを彼らの最高傑作に挙げる。曲は長く、構成は込み入っていて、演奏の密度が一段上がっている。日本語の題を持つ「Kirisute Gomen」が中盤に置かれているのも、ヒーフィーの出自を思えば偶然ではないのだろう。

ここから先は、長い試行錯誤の道のりになる。2011年の『In Waves』、2013年の『Vengeance Falls』、2015年の『Silence in the Snow』。ディスターブド(Disturbed)のデイヴィッド・ドレイマン(David Draiman)がプロデュースに関わった作品もあれば、叫びを一切使わずクリーンの歌だけで通した作品もある。アルバムごとに音の温度と重心が動いて、バンドが何になりたいのかを手探りしているのが伝わってくる。

この回り道の時期、バンドの背骨は中心の三人が保っていた。ヒーフィー、ビューリュー、グレゴリートは動かない。揺れたのはドラムの椅子だった。何人もが座っては去り、リズムの土台が定まらない時期が続く。音作りの方向が揺れたことと、足元が固まらなかったことは、たぶん無関係ではない。

20年かけて出してきた答え

潮目が変わったのは2017年だった。『The Sin and the Sentence』で、アレックス・ベント(Alex Bent)がドラムに座る。手数とスピードと重さを併せ持つ叩き手で、その加入はバンドのリズムに芯を通した。叫びと攻撃性が戻り、それでいて『The Crusade』以降に手に入れたメロディの引き出しも捨てていない。ここでようやく、十代で背負わされた期待に自分たちの足で追いついた感触がある。

その後の歩みは安定している。2020年の『What the Dead Men Say』、2021年の『In the Court of the Dragon』と、密度の高い作品が続いた。十作目にあたる『In the Court of the Dragon』は隔離期間に書き上げられた一枚で、初期の獰猛さと円熟した構成力が同じ場所で鳴っている。

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2021年の十作目。初期の獰猛さと円熟が同じ場所で鳴る。
🎬 YouTubeで Trivium「The Sin And The Sentence」を観る

アレックス・ベント加入後の、芯の通ったリズム。

2025年には、9年近くバンドを支えたドラマーがまた席を空けた。同じ年にEP『Struck Dead』を出し、先行曲も世に放った。次の一枚は2026年を視野に動いていて、ヒーフィーたちはこの新作を『Ascendancy』の感触へ立ち返って作ると語っている。一周して、出発点の音へ自分から戻ろうとしているわけだ。

十代で「世紀最高」と呼ばれた重さは、バンドを潰す理由にもなり得た。トリヴィアムはその重さを、賛否を浴びながら二十年以上かけて、音そのもので引き受けてきた。次の一枚が出発点の感触へ戻るというなら、彼らはもう、あの煽り文句を怖がってはいないのだろう。物語はまだ途中だ。

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