ウド・ダークシュナイダーなきACCEPT——マーク・トーニロ加入後の「再生神話」

ACCEPT トーニロ ── ウド・ダークシュナイダーなきACCEPT——マーク・トーニロ加入後の「再生神話」 バンドストーリー
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1987年、アクセプト(ACCEPT)は声を失った。ウド・ダークシュナイダー(Udo Dirkschneider)が抜け、もしくは外された——本人は解雇されたと語り、バンド側は袂を分かつ合意だったと説明する——あの低い咆哮のないアクセプトは、長らくバンドの終わりと同義だった。その沈黙を破ったのが2009年5月、マーク・トーニロ(Mark Tornillo)の加入である。2010年に出た復帰作『Blood of the Nations』のジャケットを店頭で見たとき、レジまでの数歩、私はずっと「これは本当にACCEPTなのか」と疑っていた。針を落とすまで、半信半疑だった。

アクセプトは1987年にウド・ダークシュナイダーを失い、1996年の『Predator』以降は14年間スタジオ盤から遠ざかっていた。2009年5月、ニュージャージーのマーク・トーニロが新ボーカルとして加入。2010年の『Blood of the Nations』からは6枚のスタジオ盤を重ね、2026年に結成50周年を迎えている。

1987年——声を失ったバンド

ACCEPT トーニロ——silhouette of man playing guitar
Photo by Akshar Dave🌻 on Unsplash

アクセプトの屋台骨は、ウルフ・ホフマン(Wolf Hoffmann)のギターとピーター・バルテス(Peter Baltes)のベース、それからウドの咆哮で組まれていた。1979年デビュー。1981年『Breaker』、1982年『Restless and Wild』、1983年『Balls to the Wall』、1985年『Metal Heart』とリリースを重ねる。ジャーマンメタルの原型はほぼここに固まっている。低くしゃがれた、性別不明とも言える独特の声がリフの上に乗ったとき、ヘヴィメタルは「歌が立つジャンル」から声が表現の主軸となる音楽へ一歩はみ出した。

1987年の離別は、当事者の説明が今も食い違う。ウドは自分のバンドから解雇されたと繰り返し語り、ホフマンは解雇ではなく双方が納得して別れたのだと述べている。バンドは方向性をアメリカ市場に寄せようとしていて、彼の咆哮はその市場には硬すぎたとされる。ウドはU.D.O. を結成し、ソロ・キャリアを開始する。残った者たちはデヴィッド・リース(David Reece)を迎え、『Eat the Heat』(1989)を出すが、これは評価が割れた1枚で、現在もアクセプト本流の流れには接続しにくい。

1992年に一度ウドが戻り、1996年の『Predator』まで3枚を残して再び離れた。2005年に短い再合流があり、それも1年で終わる。そこから2010年までの長い沈黙が、いま振り返ると一番重い空白だ。

2009年5月——ニュージャージーのスタジオで

転機の場所は、ジャーマンメタルの本拠地ではなくアメリカ東海岸だった。バルテスはニュージャージーのスタジオで息子のアルバムを手掛けていて、そこへホフマンが顔を出す。二人が旧曲を鳴らしているうちに、その場にいた誰かがトーニロの名を口にした。地元バンドT.T.クイック(T.T. Quick)で80年代から歌ってきた、当時50代半ばのシンガーである。気管支炎を抱えていたトーニロは、それでも気軽なジャムのつもりで出向き、アクセプトの旧曲を数曲歌った。オーディションだとは聞かされていない。2週間後に電話が鳴り、レコーディングとツアーの誘いが届く。2009年5月、加入が発表される。

発表への反応は、私が店頭で抱いた疑いより、ずっと激しかった。

“When we announced that I was joining the band, online just lit up and hated the idea. I was a pariah for God’s sake. We all looked at each other and were like, ‘We better make one hell of a damn record.’ So that’s what we did.”

「俺の加入が発表された途端、ネットは燃え上がって、この話を嫌った。まったく、俺は厄介者扱いだ。全員で顔を見合わせて、こう言い合った——『とんでもない一枚を作るしかない』。で、そうした」

— マーク・トーニロ(The Aquarian・2022年10月)

後年のインタビューでトーニロは、旧曲はできるだけ原盤に忠実に歌うと語っている。客はそれを受け取るに値するから、という理由だ。そのうえで、同時に自分のものにもする、と付け加える。ざらついた低音域は彼も元から持っていて、声色を寄せる作業そのものが要らなかった。労力が割かれたのはフレーズの重心をどこに置くか——アクセプトの曲をアクセプトの曲のまま歌い直す、その一点に聴こえる。

『Blood of the Nations』——14年ぶりの帰還

ACCEPT トーニロ——a group of people standing on top of a stage
Photo by Andre Benz on Unsplash

2010年8月、『Blood of the Nations』が出た。1996年の『Predator』以来、実に14年ぶりのスタジオ・アルバムである。プロデュースはアンディ・スニープ(Andy Sneap)——のちにジューダス・プリースト(Judas Priest)のサポート・ギタリストにも座る、現代メタルの音響設計を担うエンジニアの一人として知られる。スニープが入ったことでギターの音はかつてより輪郭が太く、低音はしっかり腰を据え、ホフマンのリフは80年代の像とは別の表情を見せ始める。

「とんでもない一枚を作るしかない」の宣言は、数字でも答えを出した。ドイツ本国のアルバムチャート初登場4位。1986年の『Russian Roulette』以来の高さで、その時点ではキャリアで2番目に高い順位だった。続く『Stalingrad』(2012)もドイツのトップ10に入り、空気が完全に変わったのは2014年の『Blind Rage』だった。ドイツ・アルバムチャート初登場1位——アクセプトが本国で初めて首位を取った。ウド在籍時にも届かなかった場所を、トーニロ加入5年目で踏むことになる。

🎵 14年ぶりの復帰作。トーニロ期アクセプトの出発点。
『Blood of the Nations』: Amazon

🎬 『Blood of the Nations』公式MV。トーニロのフレージングとスニープが整えた音響を聴く。

6枚のスタジオ盤——トーニロ期ACCEPTの輪郭

ACCEPT トーニロ——a group of people that are standing in the dark
Photo by Dimitra Peppa on Unsplash

トーニロ加入後のスタジオ盤は6枚を数える。『Blood of the Nations』(2010)から始まり、『Stalingrad』(2012)、『Blind Rage』(2014)、『The Rise of Chaos』(2017)、『Too Mean to Die』(2021)、『Humanoid』(2024)へと続いた。最新作『Humanoid』は2024年4月26日にNapalm Recordsから出たバンド通算17作目で、プロデュースは変わらずスニープが担っている。

6枚を通して聴くと、ウド期に置き忘れてきた要素ではなく、ウド期にはなかった顔がいくつも見えてくる。ホフマンのリフが叙情寄りにフォーカスを合わせ、トーニロのフレージングはバラード曲で抑制を効かせる。クラシック由来のメロディ・ラインを大きく前に出した曲(ホフマンが2016年7月にNuclear Blastから出したソロ盤『Headbangers Symphony』の延長線にある書法)は、ウド時代には正面に置きにくかった選択だ。後継者を迎えたというよりも、別のアクセプトを並行して動かしている感覚に近い。

🎬 2024年の表題曲。トーニロ期アクセプトの現在地を確認する一曲。

50周年——再生神話の現在地

2026年、アクセプトは結成50周年を迎えた。アニバーサリー・ツアーはすでに走っていて、年の後半には欧州11か国・24公演が組まれている。記念盤の中身も4月末に明かされた。『Teutonic Titans 1976-2026』——旧曲19曲を客演つきで録り直した一枚が、9月4日にNapalm Recordsから出る。ロブ・ハルフォード(Rob Halford)、カーク・ハメット(Kirk Hammett)、トビアス・フォージ(Tobias Forge)ら、名を連ねるゲストは50組にのぼる。曲ごとに顔ぶれが替わり、現メンバーだけで演奏するのは「Hellhammer」の再録1曲だという。

ここで数字を並べ直すと、この記事の問いは形を変える。ウドの在籍は1976年から1987年、1992年から1997年、そして2005年の再合流——3期を合算しておよそ17年。トーニロは2009年5月から数えて17年目に入っている。在籍年数で、トーニロはすでにウドに並んだ。

どちらが正史か、という問いはもう成立しない。ウドはU.D.O. として自分の道を鳴らし続け、アクセプトは50年分の曲を50組の客演と録り直している。二本の流れは並んだまま、次の年へ入っていく。

トーニロ期のアクセプトは6枚のスタジオ盤と、ドイツ本国で初のチャート1位を残した。在籍年数も2026年でウド期のおよそ17年に並ぶ。2026年9月4日に出る50周年記念盤『Teutonic Titans 1976-2026』が振り返る50年には、この17年が含まれている。

あのとき、レジで疑っていた私は、半年で『Blood of the Nations』を裏返すように聴いていた。咆哮の主は変わった。バンドは続いた。それで十分だった。

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