2019年6月、アンドレ・マトス(André Matos)が47歳で他界したという報がブラジルから流れた。心臓発作だった。あの第一報を受け取った瞬間、頭の中で真っ先に鳴ったのは「Carry On」のオープニング。アングラ(ANGRA)が90年代に放ったパワーメタルの最初の閃光を、彼の喉が一人で持ち上げていた音だった。
アンドレ・マトスという声の特異性
マトスの歌は「強さ」より「正確さ」で記憶されるべき声であった。同時代のジャーマン勢、たとえばハロウィン(Helloween)のミヒャエル・キスク(Michael Kiske)が叩きつける高音とは、質感がまったく違う。マトスの上には常に冷たい透明感があった。声を張り上げる地点で、彼は息の量を増やすのではなく、音の輪郭を太くする。声楽の修練を積んだ歌い手の手つきが、すべての音に滲んでいた。
事実、彼はクラシック畑で声を作った人間である。サンパウロでピアノと作曲を学び、後にウィーンに渡ってオペラのレッスンを受けた経歴を持つ。ANGRA結成前から在籍したヴァイパー(Viper)時代の青臭い咆哮が、たった数年で別の発声体系に書き換わっていった理由はそこにある。彼は「叫ぶ」ことを「歌う」へ書き換えた数少ないメタル・ヴォーカリストのひとりであった。
その節度はバンドの作曲陣にとっても作りやすい声であった。ラファエル・ビッテンコート(Rafael Bittencourt)が組み上げる多層のハーモニーの上に、マトスの声は完璧な配位で乗る。低音域では地に足を着け、サビで一段上がっても破綻しない。ANGRAの90年代三作が「メタルでありながら室内楽の気配を漂わせる」と評されてきた背景には、ギターワークの設計だけでなく、その上に置かれた声の制御が大きく寄与している。
90年代パワーメタル三部作の中身
『Angels Cry』——南米から届いた最初の閃光
1993年の『Angels Cry』はバンドのスタジオデビュー作である。マトスは作曲・アレンジ・キーボード演奏まで深く関与しており、自身の楽器の知識を楽曲構造にそのまま反映させている。冒頭の「Carry On」はジャーマン・スタイルの直系を継ぎながら、サビで一気に空に抜ける構築美を持つ曲である。ハロウィンのカイ・ハンセン(Kai Hansen)がリードギターでゲスト参加していることもよく語られるが、楽曲の重心はマトスの旋律設計そのものにある。
アングラ(ANGRA)デビュー作『Angels Cry』(1993)
「Carry On」公式映像(『Angels Cry』収録)
同作の白眉は「Make Believe」である。バラードの体裁を取りながら、マトスはサビで一度も声を張り上げない。クライマックスの一節を、ピアノの上をなぞるように静かに置いていく。これはクラシック発声の使い方であって、メタルの常套——感情のピークで叫ぶ——とは別の文法を持つアプローチである。多くの後続ヴォーカリストが模倣して失敗した箇所でもある。
「Make Believe」公式映像(『Angels Cry』収録)
『Holy Land』——ブラジル土着のメタル化
1996年の『Holy Land』で、ANGRAは欧州パワーメタルの語彙を一気に書き換える。アルバム全体のコンセプトは「16世紀ポルトガル人によるブラジル発見」というブラジル史そのものであった。冒頭の「Crossing」は、ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos)の交響詩を想起させる女性合唱から始まる。続く「Nothing to Say」では民族打楽器のサンバ・ヘヴィが疾走パートに織り込まれ、聴き手は欧州勢の模倣ではない音に出会うことになる。
マトスの歌は、このアルバムで最も豊かな表情を見せた。「Z.I.T.O.」のミドルテンポでは囁くような胸声で、終盤の「Make Believe (Reprise)」では透明な裏声で。同じ歌い手が一枚のなかで複数の人格を持つ歌唱は、当時のメタルではほぼ前例がなかった試みであった。
アングラ(ANGRA)『Holy Land』(1996)
『Fireworks』——制作のひずみが残した音
1998年の『Fireworks』は内紛の影が濃い作品である。プロデューサー陣との衝突、メンバー間の方向性の食い違い、レーベルとの軋み。録音の現場は荒れていたと後年マトス自身が語っている。それでもアルバムは破綻せず、三作の中で最も硬質な仕上がりを見せた。「Lisbon」「Wings of Reality」のような曲には、制作の緊張がそのまま音の硬さとして残されている。
アングラ(ANGRA)『Fireworks』(1998)
2000年8月、マトスとルイス・マリウッチ(Luis Mariutti)、リカルド・コンフェソリ(Ricardo Confessori)の3人がバンドを去る。ANGRAは事実上の分裂状態に陥り、残されたビッテンコートとキコ・ルーレイロ(Kiko Loureiro)はバンドを編成し直す決断を迫られた。
ANGRAを去ったあとのマトス
2001年、マトスはマリウッチ、コンフェソリと共にシャーマン(Shaman)を結成した。デビュー作『Ritual』(2002)は世界中で評価され、ブラジル国内ではプラチナ・ディスクを獲得している。アンデス・インディオの民俗音楽を取り込んだその音は、『Holy Land』で示した方向性の延長線にあった。マトスが本当にやりたかった「土着とメタルの融合」は、シャーマンでこそ完全に達成されたとも言える。
2007年から彼はアンドレ・マトス名義のソロ活動を本格化させ、3枚のスタジオ作品を遺している。『Time to Be Free』(2007)、『Mentalize』(2009)、『The Turn of the Lights』(2012)の三作である。2010年から2011年にかけては、ストラトヴァリウス(Stratovarius)の元ギタリスト、ティモ・トルキ(Timo Tolkki)らとシンフォニア(Symfonia)を結成し、唯一作『In Paradisum』を遺した。供給は止まらなかったが、ジャンルそのものが地殻変動を起こした2010年代の真ん中で、彼の声は徐々に表舞台から離れていった。
2019年6月8日、サンパウロの自宅で心臓発作により47歳で他界した。あまりに早い別れであった。
2026年、ANGRAの今——マトスがいない時代
マトスを失ってからの7年で、ANGRAの周辺も大きく動いてきた。長くフロントを務めてきたファビオ・リオーネ(Fabio Lione)が13年の在籍を経て2025年11月にバンドを離脱し、2026年4月のドイツ「バンガーズ・オープン・エア」(Bangers Open Air)が彼の最終ステージとなった。同公演にはキコ・ルーレイロ、エドゥ・ファラスキ(Edu Falaschi)、アキーレス・プリスター(Aquiles Priester)といったRebirth期のメンバーが舞台に揃い、ANGRAの歴史を貫く特別な夜になった。
新ヴォーカリストとしてアリリオ・ネット(Alírio Netto)が加入したのは2025年11月のことだった。シャーマンやクイーン・エクストラヴァガンザ(Queen Extravaganza)での経験を持つブラジル人歌手で、奇しくもマトスがANGRA脱退後に率いた同名のシャーマンに在籍していた事実は、リスナーの間で静かに語られている。
マトスがいない時代のANGRAは、もう33年も続いている。だが90年代の三部作で彼が残した歌唱の輪郭は、後のすべてのヴォーカリストの仕事を測る原点として機能し続けてきた。エドゥ・ファラスキも、ファビオ・リオーネも、アリリオ・ネットも、その輪郭の中で自分の解釈を提示する役割を担ってきた歌い手たちである。マトスが書いた譜面の上を歌う以上、その譜面の主導者が不在である事実は決して消えない。
遺された声、聴き継がれる三部作
『Angels Cry』『Holy Land』『Fireworks』の3枚は、SpotifyやApple Musicの再生数で見ても、いまなお年単位で安定して伸び続けている。「Nothing to Say」が新しいリスナーのプレイリストに入ったというSNS投稿は、月に何度も目に入ってくる。マトスが亡くなって7年が経つが、彼の歌は世代を更新しながら受け継がれている。
三部作を未聴のリスナーがいま手を伸ばすなら、入り口は『Angels Cry』が妥当な選択だろう。冒頭の「Carry On」が始まる瞬間、ブラジリアン・パワーメタルが地球の裏側まで届いた最初の一歩を耳で確認できる。マトスの声はいまも、その入り口で待っている。


