2019年6月、アンドレ・マトス(André Matos)が47歳で他界したという報がブラジルから流れた。心臓発作だった。あの第一報を受け取った瞬間、頭の中で真っ先に鳴ったのは「Carry On」のオープニング。アングラ(ANGRA)が90年代に放ったパワーメタルの最初の閃光を、彼の喉が一人で持ち上げていた音だった。
アンドレ・マトスという声の特異性
マトスの歌は「強さ」より「正確さ」で記憶されるべき声だった。同時代のジャーマン勢、たとえばハロウィン(Helloween)のミヒャエル・キスク(Michael Kiske)が叩きつける高音とは、質感がまったく違う。マトスの上には常に冷たい透明感があった。声を張り上げる地点で、彼は息の量を増やすのではなく、音の輪郭を太くする。声楽の修練を積んだ歌い手の手つきが、すべての音に滲んでいた。
事実、彼はクラシック畑で声を作った人間である。7歳でピアノを始め、大学では管弦楽指揮と作曲を修めた。声楽(リリック・シンギング)には7年を費やして師事している。ANGRA以前に在籍したヴァイパー(Viper)時代の青臭い咆哮が、数年で別の発声体系へ書き換わっていった理由はそこにある。彼は「叫ぶ」ことを「歌う」へ書き換えた数少ないメタル・ヴォーカリストのひとりだった。
その節度はバンドの作曲陣にとっても作りやすい声だった。ラファエル・ビッテンコート(Rafael Bittencourt)が組み上げる多層のハーモニーの上に、マトスの声は完璧な配位で乗る。低音域では地に足を着け、サビで一段上がっても破綻しない。ANGRAの90年代三作が「メタルでありながら室内楽の気配を漂わせる」と評されてきた背景には、ギターワークの設計だけでなく、その上に置かれた声の制御が大きく寄与している。
1987年のハロウィンが欧州パワーメタルの雛形を仕上げた。ANGRAはその雛形を地球の裏側まで運び、書き換えにかかる。
90年代パワーメタル三部作の中身
『Angels Cry』——南米から届いた最初の閃光
1993年の『Angels Cry』はバンドのスタジオデビュー作である。マトスは作曲・アレンジ・キーボード演奏まで深く関与し、自身の楽器の知識を楽曲構造にそのまま反映させている。幕開けの「Unfinished Allegro」はシューベルト(Franz Schubert)の「未完成交響曲」第1楽章を短く鳴らした導入で、出自を隠す気がまるでない。続く「Carry On」はジャーマン・スタイルの直系を継ぎながら、サビで一気に空へ抜ける構築美を持つ曲だ。
ドイツで録音されたこの一枚が欧州の音に寄って聴こえるのは、プロデューサーのチャーリー・バウアーファインド(Charlie Bauerfeind)の色が濃く出たためでもある。「Never Understand」ではガンマ・レイ(Gamma Ray)のカイ・ハンセン(Kai Hansen)とディルク・シュレヒター(Dirk Schlächter)、共同プロデューサーのサッシャ・ペイト(Sascha Paeth)がゲストソロで並んだ。ドイツ側の総力を借りた新人が、それでも欧州の複製に終わらなかったのは、旋律設計の重心がマトスの側にあったからだろう。
ケイト・ブッシュ(Kate Bush)の「Wuthering Heights」のカバーで、歌い手としての底が見える。女性の声のために書かれた原曲を、彼は叫びへ逃げずに歌い切った。メタルの高音は力で押すのが常套で、マトスはそこを声楽の技術で処理している。
『Holy Land』——ブラジル土着のメタル化
1996年の『Holy Land』で、ANGRAは欧州パワーメタルの語彙を一気に書き換える。コンセプトはポルトガル人が到達する前後のブラジルの地で、ヨーロッパ側の視点から見た「発見」の物語になっている。合唱で幕を開ける「Crossing」に続き、「Nothing to Say」が二つの文化の衝突を正面から扱う。ブラジルの打楽器、ベリンバウ、フルート、合唱の重ね録りは1995年8月から10月にかけてサンパウロのジェンベ・スタジオ(Djembe Studio)で行われた。欧州勢の模倣ではない音は、この作業から出てくる。
マトスの歌は、このアルバムで最も豊かな表情を見せた。「Z.I.T.O.」のミドルテンポでは囁くような胸声で入り、アルバムの後半では透明な裏声まで振れる。
白眉は「Make Believe」。バラードの体裁を取りながら、マトスはサビで一度も声を張り上げない。クライマックスの一節を、ピアノの上をなぞるように静かに置いていく。これはクラシック発声の使い方であって、メタルの常套——感情のピークで叫ぶ——とは別の文法を持つアプローチだった。多くの後続ヴォーカリストが模倣して失敗した箇所でもある。
『Fireworks』——制作のひずみが残した音
1998年の『Fireworks』には内紛の影が濃い。キコ・ルーレイロ(Kiko Loureiro)は後年、マトスがHoly Liveツアーの直後にはもう脱退を決めていたと明かしている。作曲の現場でも距離が生まれ、バンドは早い段階から次の歌い手を試していた。プロデュースを任されたクリス・サンガリデス(Chris Tsangarides)の音作りは、いまも賛否が割れたままだ。
それでもアルバムは破綻しない。三作の中で最も硬質な仕上がりで、「Wings of Reality」「Lisbon」には現場の緊張がそのまま音の硬さとして残されている。
2000年8月、マトスは公開書簡でバンドからの離脱を告げる。ベースのルイス・マリウッチ(Luis Mariutti)、ドラムのリカルド・コンフェソリ(Ricardo Confessori)も同時に去った。運営とブランドの主導権をめぐる対立が前年から燻っていて、ANGRAは事実上の分裂状態に陥る。残されたビッテンコートとキコ・ルーレイロは、バンドを編成し直す決断を迫られた。
ANGRAを去ったあとのマトス
2001年、マトスはマリウッチ、コンフェソリと共にシャーマン(Shaman)を結成した。デビュー作『Ritual』(2002)は全世界で50万枚以上を売り上げている。先住民の文化とシャーマニズムを主題に据えたその音は、『Holy Land』で示した方向性の延長線にあった。土着とメタルの融合という宿題を、彼は自分の名前のもとで解きにいった。
2007年から彼はアンドレ・マトス名義のソロ活動を本格化させ、3枚のスタジオ作品を遺した。『Time to Be Free』(2007)、『Mentalize』(2009)、『The Turn of the Lights』(2012)の三作が残った。2010年から2011年にかけては、ストラトヴァリウス(Stratovarius)の元ギタリスト、ティモ・トルキ(Timo Tolkki)らとシンフォニア(Symfonia)を組み、唯一作『In Paradisum』を遺している。供給は止まらなかったが、ジャンルそのものが地殻変動を起こした2010年代の真ん中で、彼の声は徐々に表舞台から離れていった。
2019年6月8日、心臓発作により47歳で他界。あまりに早い別れだった。
訃報の日、キコ・ルーレイロが出した追悼文がその朝の空気を残している。10代の頃から仰ぎ見ていた歌い手と、9年間だけ同じバンドにいた男の言葉だ。
“What a sad morning. A phone call and the news that André Matos passed away. Life is too fragile. I cried. Since I was 14 years old back in the Rio Branco school, André was already a benchmark. We all wanted to be like him. The unparalleled voice, the talent for the piano. Luckily, the destiny united us for nine years. (…) The songs he wrote are timeless (play ‘Carry On’!)”
「悲しい朝だ。電話が鳴って、アンドレ・マトスが亡くなったと知らされた。命はあまりに脆い。泣いた。リオ・ブランコ校にいた14歳の頃から、アンドレはすでに基準だった。僕たちは皆、彼のようになりたかった。並ぶ者のない声、ピアノの才能。運命は幸運にも、9年間だけ僕たちを結びつけてくれた。(中略)彼の書いた曲は色褪せない(「Carry On」をかけてくれ!)」
— キコ・ルーレイロ(Kiko Loureiro)/Blabbermouth.net(2019年6月)
2026年、ANGRAの今——マトスがいない時代
マトスを失ってからの7年で、ANGRAの周辺も大きく動いた。13年フロントを務めたファビオ・リオーネ(Fabio Lione)の離脱が発表されたのは2025年11月23日。その翌日には、新しいヴォーカリストとしてアリリオ・ネット(Alírio Netto)の名前が出た。
リオーネの最終ステージは2026年4月26日、サンパウロのメモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナで開かれたバンガーズ・オープン・エア(Bangers Open Air)になった。同じ夜の舞台には、キコ・ルーレイロ、エドゥ・ファラスキ(Edu Falaschi)、アキーレス・プリスター(Aquiles Priester)というRebirth期の顔が揃う。ファラスキ、リオーネ、ネットの3人が並んで「Carry On」を歌ったのが、その夜のANGRAだった。マトスが書いた曲が、彼の後を継いだ歌い手全員の声で同時に鳴った。
ネットはブラジル人歌手で、2018年からブライアン・メイ(Brian May)とロジャー・テイラー(Roger Taylor)公認のクイーン・エクストラヴァガンザ(Queen Extravaganza)でリードを執ってきた。2019年から2023年まで在籍していたのが、マトスのANGRA脱退後に生まれた同名のシャーマンだった。マトスの後任という役回りを、彼は二度引き受けたことになる。
ANGRAは結成から35年、マトスが去ってからでも26年が過ぎた。それでも90年代の三部作で彼が残した歌唱の輪郭は、後のすべてのヴォーカリストの仕事を測る原点として機能し続けている。ファラスキも、リオーネも、ネットも、その輪郭の中で自分の解釈を提示する役割を負ってきた。マトスが書いた譜面の上を歌う以上、その譜面の主導者が不在である事実は消えない。
遺された声、聴き継がれる三部作
マトスが世を去った2019年、シャーマンは彼を追悼するツアーを組んだ。そのマイクの前に立った歌い手が、7年後にANGRAで「Carry On」を歌っている。追悼は一夜の儀式で終わらず、レパートリーの中に居座り続けてきた。
『Angels Cry』『Holy Land』『Fireworks』の3枚は、いまも新しいリスナーの入り口であり続けている。ブラジルの外で育った耳が「Nothing to Say」の打楽器に足を止める瞬間は、たぶん90年代とそう変わらない。
三部作を未聴のリスナーがいま手を伸ばすなら、入り口は『Angels Cry』が妥当な選択だろう。冒頭の「Carry On」が始まる瞬間、ブラジリアン・パワーメタルが地球の裏側まで届いた最初の一歩を耳で確認できる。マトスの声はいまも、その入り口で待っている。

