一発で背筋が伸びる音、というものがある。ジューク・ボックスから「Ace of Spades」のイントロが鳴り出す、あの瞬間がそれだ。MOTÖRHEAD(モーターヘッド)の歪んだベースの転がり、しゃがれ声の第一声。バンドの顔だったレミー・キルミスター(Lemmy Kilmister)は、この音をメタルと呼ばれるのを死ぬまで拒んだ。パンクの旗にも回収させなかった。レミーが足をつけていたのは、どちらの地図にも線が引かれていない場所だった。
MOTÖRHEAD のレミーはなぜ「メタルじゃない」と言い張ったのか
話はバンド結成より前から始まる。レミーは1960年代にジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)のローディーとして現場で働き、1971年にスペースロックのホークウィンド(Hawkwind)へ加わった。ヒット曲「Silver Machine」を歌ったのもこの男だ。1975年、麻薬絡みのいざこざでバンドを追われる。その直後に結成した新バンドへ、彼はホークウィンド時代に最後に書いた曲のタイトルを付けた——MOTÖRHEAD。
名前からして、メタルの様式とは縁がない。「モーターヘッド」はアンフェタミン常用者を指すアメリカのスラングだった。客席も、どこの陣営にも属さなかった。ホークウィンド上がりのヒッピー崩れがいて、パンクスが混じり、革ジャンの少年が並ぶ。レミーはその雑多さを面白がっていた。俺たちはロックンロール・バンドだ、と言い続けた。世間がいくらメタルと呼ぼうと、本人は一歩も引かなかった。
レミーのベースは何を鳴らしていたか
「Ace of Spades」で最初に耳をつかむのは、低音の手触りだ。ふつうのベースが持つ丸い輪郭がどこにもない。ピックで弦を叩きつけ、歪んだ中域がうなりを上げて転がっていく。レミーが握っていたのはリッケンバッカーのベース。それをベース用ではなくマーシャルのギター・アンプに突っ込んで歪ませた。エフェクターは使わない。低音のつまみを絞り、高音も切り、中音だけを全開にする。それだけで、あの錆びた鉄ヤスリのような音が出る。
ベースなのにリズムギターのように和音を刻む——これが誰のものとも違うMOTÖRHEADの背骨になった。1980年に出たこの一枚で、シングル「Ace of Spades」のリフはベースとギターの境目を溶かしてしまった。低音楽器が和音で突っ走る快感を、ここまで剥き出しにした曲はそれまでなかった。歪みきったベースの教科書として、いまも参照され続ける音だ。
「Overkill」で二つ目のバスドラムが踏まれた
速さの話をするなら、ドラムに触れないわけにいかない。黄金期のMOTÖRHEADは三人組だった。レミー、ギターの“ファスト”エディ・クラーク(Fast Eddie Clarke)、ドラムのフィル・テイラー(Phil Taylor)。1979年の「Overkill」で、テイラーは二つのバスドラムを連打し、曲を引きずり倒した。終わったと思わせて、もう一度走り出す。あの執拗なアウトロ。
このダブルバスのうねりを、年下のドラマーたちが食い入るように見ていた。メタリカ(Metallica)のラーズ・ウルリッヒは、自分の原点のひとつに「Overkill」のテイラーを挙げている。デビュー作『Kill ’Em All』に収めた「Whiplash」の暴走は、MOTÖRHEADの熱量をそのまま受け取ろうとした手つきだった。スレイヤー(Slayer)も同じ井戸から水を汲んでいる。速くて、汚くて、止まらない。スラッシュメタルが当たり前にした手触りを、この三人組はジャンルの名がつく前から鳴らしていた。
レミーが立っていた場所は消えなかった
バンドは40年走り続けた。最後のステージは2015年12月11日、ベルリン。結成40周年ツアーの途中だった。その少し前にフィル・テイラーが世を去り、レミーも年の瀬に逝く。70歳の誕生日の二日後にがんを告げられ、それから数日のことだった。残されたメンバーは、リーダーのいないMOTÖRHEADを続ける気はないと告げた。バンドはレミーとともに幕を下ろした。エディ・クラークも2018年に後を追い、黄金期の三人はそろっていなくなった。
看板を貼り替えさせない姿勢は、最後まで崩れなかった。
“Everyone always describes us as heavy metal, even when I tell them otherwise. Why won’t people listen?” ——レミー・キルミスター(2011年)
「世間はいつも俺たちをヘヴィメタルと呼ぶ。違うと言い続けても、だ。どうして誰も聞き入れないんだ」
メタルの歴史を書こうとすると、MOTÖRHEADはいつも分類の枠からはみ出す。メタルの棚に入れれば本人が怒り、パンクの棚に置いても収まりが悪い。その居心地の悪さこそ、レミーが選んで立った場所だった。彼が鳴らした歪みと速さは、ジャンルの名がつく前から、後に続く者たちの足元を作っていた。
その地面の手触りは、後の世代のミュージシャンにも確かに届いた。フー・ファイターズ(Foo Fighters)のデイヴ・グロール(Dave Grohl)は、レミーの追悼式でこう語っている。
“He’s the one true rock ’n’ roller that bridged my love of AC/DC and Sabbath and Zeppelin with my love of GBH and the Ramones and Black Flag.”
「あいつは、AC/DCやサバス、ツェッペリンへの俺の愛と、GBHやラモーンズ、ブラック・フラッグへの俺の愛を橋渡ししてくれた、たった一人の本物のロックンローラーだ」
— デイヴ・グロール、レミー追悼式での弔辞(2016年・Rolling Stone)

