2025年7月5日、バーミンガムのヴィラ・パーク。オジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)はもう歩けず、黒い玉座に座ったまま歌った。ブラック・サバス(Black Sabbath)のオリジナルメンバーが同じステージに揃うのは2005年以来、20年ぶりだった。4万5000枚のチケットは16分で消えていた。その夜が最後になった。わずか17日後、オジーは76歳で世を去った。
ロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)が逝ったのは2010年、胃がんで、67歳だった。二人の声がそろって沈黙した今、あの問いに向き合う時が来た。オジーのサバスとディオのサバス——どちらが本当に偉大だったのか。
オジー時代(1970〜1979)——恐怖を「音」にした9年間
声が先に感情を動かした
オジーの声には知識が要らない。何を歌っているか聞き取れなくても、もう怖くて、もう暗い。その手応えが、声そのものに宿っている。
1970年のデビュー作、バンド名を冠した同名アルバムを聴けば早い。冒頭の鐘の音と雨音だけで、もう別の世界へ連れていかれる。そこへオジーの声が乗った瞬間、説明の要らない「恐怖の質感」に空気が変わる。
オジーはテクニカルなシンガーではない。むしろ正反対なのに、そこが強みになった。揺れるビブラート、わずかに外れる音程、哀愁と脱力の混じった歌い回し——それがトニー・アイオミ(Tony Iommi)のリフと噛み合うと、ほかのどのバンドにも出せない音になった。
オジーのサバスが生まれた1970年、シーンはまだビートルズの余韻の中にあった。そこへ「War Pigs」のような重低音が現れたのだから、衝撃でないはずがない。最初に重さと闇を組み合わせて鳴らしたバンドの一つだという事実は動かしようがなく、あとに続いたバンドは意識するしないにかかわらずこの時代を通ってきた。
代表作——Paranoid(1970)とSabotage(1975)
オジー時代の頂点は1970年の『Paranoid』だ。「War Pigs」「Iron Man」、そしてタイトル曲「Paranoid」——どれもそのままヘヴィメタルの教科書になった。
続く1971年の『Master of Reality』で、アイオミはギターを1音半下げた。工場の事故で失った指先が痛まないよう、弦の張りを緩めるための苦肉の策だった。その低く沈んだ響きが、のちのドゥームメタルやストーナーロックへ直接つながっていく。当人たちは、10年後の音楽を定義しているなどとは思っていなかったはずだ。
翌1972年の『Vol. 4』も重厚で、見落とされやすいが1975年の『Sabotage』が効いてくる。収録曲「Symptom of the Universe」の刻みは、スラッシュメタルという言葉がまだ存在しない時期に、その骨格をそのまま差し出していた。メタリカもスレイヤーも、まだ影も形もない。
ロニー・ジェイムス・ディオ時代(1980〜1992)——詩人が来た
オジーとは正反対のアプローチ
ディオの声は、ひと声で「うまい」と分かる。高音域が崩れず、レンジはドラマティックで、選ぶ言葉が叙事詩的だ。凄みはそこだけではない。サバスの暗いサウンドをまるごと受け止めたまま、そこに「物語の輝き」を持ち込んだ。オジーが「恐怖」を歌うとすれば、ディオは「光と闇の戦い」を歌う。鳴っている世界の大きさが違う。
ディオはレインボー(Rainbow)での経験を抱えてサバスに加わったため、ヘヴィメタルとクラシックロックの融合を力まずにやってのけた。歌に文学の視点を持ち込んだシンガーでもある。
Heaven and Hell(1980)——サバスに「第2章」をもたらした名盤
1980年4月、『Heaven and Hell』がリリースされた。サバスの第2章の幕開けだ。「Neon Knights」が口火を切り、「Die Young」が疾走する。どの曲にも、ディオにしか出せない高揚がある。
タイトル曲「Heaven and Hell」は、静かに這う前半から畳みかける後半へと緩急で持っていき、宗教的なテーマを背負ったままディオの声が一気に頂点へ届く。オジー時代には鳴っていなかった種類の音楽だ。
どちらが「優れているか」と問うと、たぶん的を外す。「どんな優れ方か」と問うほうが、ずっと近い。
Mob Rules(1981)からDehumanizer(1992)——ディオは終わらなかった
1981年の『Mob Rules』ではドラマーがヴィニー・アピス(Vinny Appice)に替わったが、音の密度は落ちていない。「Turn Up the Night」「The Sign of the Southern Cross」——ディオらしい叙事詩がしっかり積み上がっている。
1992年、『Mob Rules』のラインアップで再集結したのが『Dehumanizer』だ。約10年ぶりの再合流なのに、張り詰めた感じは少しも緩んでいなかった。2006年以降は「ヘヴン・アンド・ヘル(Heaven & Hell)」名義で動き、最後のスタジオ作『The Devil You Know』は2009年、全米チャート8位。ディオは亡くなる直前まで現役だった。
論争の核心——どちらが「本物の」サバスか
オジー派の論拠
オジーなしにサバスは語れない——この主張は、感情でも理屈でも通る。バンドの原点にオジーがいて、最も広く知られた曲の多くはオジー時代に生まれ、2025年の最後のコンサートもオジーとともに幕を下ろした。サバスというブランドを世界規模に押し上げたのも、オジーの10年だ。『Paranoid』がなければどうなっていたか——ヘヴィメタルそのものが、別の形で育っていたかもしれない。
皮肉なことに、オジー自身はディオ時代のアルバムを一枚も聴いていないと語っている。2022年12月、SiriusXM の自分の番組でのことだ。ディオの仕事は認めている。「Ronnie did a good job.(ロニーは良い仕事をした)」と言い、そのうえで聴かない理由をこう説明した。
“It’s like my ex-wife. You leave a band like that, it’s just like getting divorced. You don’t go, ‘How’s your new bloke? Is he better than me?’”
(意訳:「元カミさんみたいなもんだ。ああいうバンドを離れるのは、離婚するのと変わらない。『新しい彼氏はどうだ? 俺よりいいのか?』なんて聞きに行かないだろう。」)
——Ozzy Osbourne、SiriusXM「Ozzy Speaks」(2022年12月)
ディオ派の論拠
「サバスの最高傑作はディオ時代だ」という声も根強い。『Heaven and Hell』は全米28位まで上がり、100万枚を売ってプラチナに届いている。オジーが解雇されたあとのバンドは、解散するか歌い手を替えるかの二択まで追い込まれていた(1979年4月に何が起きたかは別の記事で書いた)。そこへディオが入ってきて、バンドは息を吹き返す。
アイオミ本人が、当時をこう振り返っている。
“It gave us a new lease of life. And it also gave us that challenge. … it was nice, because we had to prove something.”
(意訳:「あれで我々は生き返った。同時に、挑戦を突きつけられもした。……何かを証明しなければならなかったのが、良かったんだ。」)
——Tony Iommi、Kerrang!(2022年11月)
『Mob Rules』では重さを保ったまま新しい詩の世界を広げていて、これを「単なる代役」と片づけるのは無理がある。
二人が逝った今、この論争は形を変える。「どちらが偉大だったか」から「それぞれが何を残したか」へ。オジー時代のサバスは、重いリフと闇のテーマを最初に組み合わせたバンドの一つだった。ディオ時代のサバスは、その音に叙事詩の深みを与えた。バンドが崩れかけていたとき、ディオが文字通り引き戻している。
オジーのサバスかディオのサバス——この問いを、メタルファンは40年以上も語り合ってきた。答えが出ないからこそ、いつまでも面白い。
答えは出さなくていい。二つの章の頂点を一枚ずつ並べたとき、それぞれの偉大さは、理屈ではなく耳で分かる。

