フランス産のシンフォニックブラックメタルと言われて、すぐに名前の出る人は少ない。その問いにまっすぐ答えるなら、アノレクシア・ネルヴォサ(Anorexia Nervosa)だ。知名度は実力にまるで見合っていないのに、1990年代後半から2000年代にかけて、このバンドは確かに特異な光を放っていた。
リモージュの闇から——ネクロマンシアの誕生
1991年、中部フランスの地下から
1991年、フランス中部の都市リモージュ(Limoges)で、ひとつのバンドが産声を上げた。後のアノレクシア・ネルヴォサだが、当初の名はネクロマンシア(Necromancia)だった。
中心にいたのはギタリストのステファン・バイル(Stéphane Bayle)だ。ネクロマンシア名義で残したのは1993年のデモ「The Garden of Delight」。鳴っていたのはまだデスメタルで、後の荘厳さはどこにも見当たらない。
改名は、その音が変質していく過程で起きた。アノレクシア・ネルヴォサを名乗って出した1995年のデモ「Nihil Negativum」はカセットで1,200本以上が出回り、アンダーグラウンドに名を刻む。
当時のブラックメタルシーンの中心はノルウェーで、メイヘム(Mayhem)が覇権を握り、バーズム(Burzum)が台頭していた。そこへフランスから参入する行為は、明らかに異端だった。一種の挑戦状でもあったが、このバンドはその空気を恐れず、むしろ荘厳さという武器を磨き続けた。
デビューアルバム『Exile』(1997年)
改名後の1997年、デビュー作『Exile』がリリースされた。プロデュースを手がけたのはステファン・ブリエス(Stéphane Buriez)。フランスのバンドラウドブラスト(Loudblast)に在籍する男だ。
この時点でシンフォニックブラックメタルはまだ鳴っていない。神経症と存在の否定をテーマに据えたコンセプト作で、質感はインダストリアルに寄っている。退廃へ向かう意志だけが、荒削りな音の底で先に目を覚ましていた。
とはいえ本作は入口に過ぎず、本当の輝きはこの先の2枚に凝縮されていく。
ドルーデンハウスの奇跡——シンフォニックブラックメタルの頂点へ
2ndアルバム『Drudenhaus』(2000年)
2000年、2ndアルバム『Drudenhaus』がリリースされた。これがバンドの真の転換点だ。録音はフランスのナント(Nantes)、ドルーデンハウス・スタジオで行われ、冒頭の「A Doleful Night In Thelema」が幕を開ける。
その荘厳さは、ブラックメタルという枠だけでは語りきれない。煌びやかな装飾だけならシンフォニックメタルの領分と地続きに見えて、鳴らす闇の深さがまるで違う。壮大なオーケストレーションと暴虐が、食い合わずに共存する。「Enter The Church Of Fornication」が効き、「The Drudenhaus Anthem」も外せない。耽美と攻撃性が一体化する瞬間が、ここに何度も訪れる。
この作品を世に出したのはオスモーズ・プロダクションズ(Osmose Productions)。著名なエクストリームメタルのレーベルだ。その流通力で、欧州全体への認知が一気に広がった。
最高傑作『New Obscurantis Order』(2001年)
翌2001年、3rd作『New Obscurantis Order』が出た。これがバンドの最高到達点だ。前作よりもなお速く、オーケストラ的に研ぎ澄まされている。キーボードはネブ・クゾート(Neb Xort)。彼の描く弦楽は壮麗だ。
ヴォーカルはRMS・フレイドマル(RMS Hreidmarr)、本名はニコラ・サン=モラン(Nicolas Saint-Morand)。その凄絶な咆哮が、弦楽と渾然一体になる。
本作には意外なカバーが収録されている。ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)の「嬰ハ短調の前奏曲」だ。「Hail Tyranny」と題を変えて置かれたその一曲に、クラシックへの気後れはどこにもない。
批評サイト「Chronicles of Chaos」のクリス・フラーテン(Chris Flaaten)は、10点満点中9.5点を与えた。本作を「ブラストビートと圧殺するリフと激烈なオーケストレーションの業火」と呼び、2001年の年間ベスト1位に置くとまで書いている。
最後の光——『Redemption Process』と別れ
4thアルバム(2004年)の誕生
その後、3年の沈黙が続いた。2004年、4th作『Redemption Process』が完成する。移籍先はリステナブル・レコーズ(Listenable Records)で、プロダクションはより洗練された。
「The Shining」や「Sister September」が並ぶ、多面的な音楽性を示す一枚だ。このバンドを初めて聴くなら、ここから入るのも悪くない。だが、これが事実上の最終章になった。
2005年12月20日——声が消えた日
2005年12月20日、RMS・フレイドマルがバンドを脱退した。残されたメンバーは後任のオーディションを重ねたが、あの声の代わりは最後まで見つからなかった。
ステファン・バイルは動きを止めた。バンドが自分自身のパロディに堕していくのを恐れたためだ。2007年、活動は無期限の停止に入る。正式な解散宣言はないまま、ただ静かに止まった。
Anorexia Nervosaのシンフォニックブラックメタルはなぜ語られないのか
「ブラックメタルの聖地」ではなかった
シンフォニックブラックメタルには、顔となるバンドがいた。ディム・ボガー(Dimmu Borgir)であり、クレイドル・オブ・フィルス(Cradle of Filth)だ。その傍らで、アノレクシア・ネルヴォサは注目されなかった。理由のひとつは、出身地への先入観にある。
聖地ノルウェーでもなく、英国でもない。フランス中部出身という事実が、そのまま壁になった。4枚を残して静かに消えたことも重なって、後世での認知は長く妨げられてきた。
それでも色あせない2作
これは音楽の質の問題ではない。むしろ完成度は際立っている。核となるのは2作だ。『Drudenhaus』と『New Obscurantis Order』。この2作の完成度は、今も色あせていない。
それは日本の一部の耳だけが言っていることではない。海外のリスナーも、20年以上前の音を現在形で聴き続けている。
“Twenty years later, I still never get bored of listening to all the tracks here and everything feels as fresh as when I originally bought the album.”
20年経った今も、収録曲のどれ一つ聴き飽きない。買った当時のまま、すべてが新鮮に響く。
— PhantomMullet / Encyclopaedia Metallum(『Drudenhaus』レビュー・2024年4月)
荘厳さと衝動を、これほど高い次元で両立させた例は少ない。稀有な記録だ。だからこそ、このバンドは語り継がれていい。フランスのメタル史に、はっきりと刻まれるべき存在だと思う。その輪が少しずつでも広がっていくなら、それでいい。
メンバーのその後、そして今聴くために
解散の後も、メンバーは音楽を手放さなかった。RMS・フレイドマルはシンガーを続け、ブラック・インダストリアルのバンド「The Cosa Nostra Klub」で歌った。ステファン・バイルはネブ・クゾートとともに「The Veil」の1作目に加わり、のちに自身のバンド「Au Champ Des Morts」を立ち上げる。誰ひとり、音楽から離れなかったのだ。

