ANOREXIA NERVOSA——フランスが10年で消費したシンフォニック・ブラックメタルの夭折

Anorexia Nervosa シンフォニックブラックメタル ── ANOREXIA NERVOSA——フランスが10年で消費したシンフォニック・ブラックメタルの夭折 埋もれた名盤
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フランス産のブラックメタル">シンフォニックブラックメタルと言われて、すぐに名前の出る人は少ない。その問いにまっすぐ答えるなら、アノレクシア・ネルヴォサ(Anorexia Nervosaだ。知名度は実力にまるで見合っていないのに、1990年代後半から2000年代にかけて、このバンドは確かに特異な光を放っていた。

フランスが生んだ、もっとも呪われた美しさだ。荘厳で黒く暗く、商業的なシンフォニックメタルとは似ていない。中部フランスの「聖地から遠い場所」で燃え上がり、10年足らずで静かに消えた——それでも核となる2作は、今も色あせない。

リモージュの闇から——ネクロマンシアの誕生

1991年、中部フランスの地下から

1991年、フランス中部の都市リモージュ(Limoges)で、ひとつのバンドが産声を上げた。後のアノレクシア・ネルヴォサだが、当初の名はネクロマンシア(Necromancia)だった。

中心にいたのはギタリストのステファン・バイル(Stéphane Bayle)だ。1993年にデモ「The Garden of Delight」を制作し、続けて「Nihil Negativum」を発表して、アンダーグラウンドに名を刻んでいった。

当時のシーンの中心はノルウェーで、メイヘム(Mayhemが覇権を握り、バーズム(Burzumが台頭していた。そこへフランスから参入する行為は、明らかに異端だった。一種の挑戦状でもあったが、このバンドはその空気を恐れず、むしろ荘厳さという武器を磨き続けた。

デビューアルバム『Exile』(1997年)

改名後、バンドはアノレクシア・ネルヴォサを名乗り、1997年にデビュー作『Exile』をリリースした。プロデュースを手がけたのはステファン・ブリエス(Stéphane Buriez)。フランスのバンドラウドブラスト(Loudblast)に在籍する男だ。

音はまだ荒削りだ。それでも退廃的な美しさへ向かう意志は、この時点ではっきりと宿っている。とはいえ本作は入口に過ぎず、本当の輝きはこの先の2枚に凝縮されていく。

ドルーデンハウスの奇跡——シンフォニックブラックメタルの頂点へ

2ndアルバム『Drudenhaus』(2000年)

2000年、2ndアルバム『Drudenhaus』がリリースされた。これがバンドの真の転換点だ。録音はフランスのナント(Nantes)、ドルーデンハウス・スタジオで行われ、冒頭の「A Doleful Night In Thelema」が幕を開ける。

その荘厳さは、ブラックメタルという枠だけでは語りきれない。壮大なオーケストレーションと暴虐が、食い合わずに共存する。「Enter The Church Of Fornication」が効き、「The Drudenhaus Anthem」も外せない。耽美と攻撃性が一体化する瞬間が、ここに何度も訪れる。

この作品を世に出したのはオスモーズ・プロダクションズ(Osmose Productions)。著名なエクストリームメタルのレーベルだ。その流通力で、欧州全体への認知が一気に広がった。

🎵 Spotifyで Anorexia Nervosa -『Drudenhaus』を聴く

2000年、フランスが産んだ呪われた傑作。

最高傑作『New Obscurantis Order』(2001年)

2001年、3rd作『New Obscurantis Order』が出た。リリースは10月29日。これがバンドの最高到達点だ。前作よりもなお速く、オーケストラ的に研ぎ澄まされている。キーボードはネブ・クゾート(Neb Xort)。彼の描く弦楽は壮麗だ。

ヴォーカルはRMS・フレイドマル(RMS Hreidmarr)、本名はニコラ・サン=モラン(Nicolas Saint-Morand)。その凄絶な咆哮が、弦楽と渾然一体になる。

本作には意外なカバーが収録されている。ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)の「嬰ハ短調の前奏曲」だ。クラシックとの交差点に立ちながら、その姿勢に迷いはなかった。

批評サイト「Chronicles of Chaos」は、10点満点中9.5点という高評価を与え、「現代エクストリームミュージックの一つのベンチマーク」と評した。その評は、今も間違っていない。

🎵 Spotifyで Anorexia Nervosa -『New Obscurantis Order』を聴く

2001年、シンフォニックブラックメタルの金字塔。このジャンルを語るなら外せない1枚。

最後の光——『Redemption Process』と別れ

4thアルバム(2004年)の誕生

その後、3年の沈黙が続いた。2004年、4th作『Redemption Process』が完成する。移籍先はリステナブル・レコーズ(Listenable Records)で、プロダクションはより洗練された。

「The Shining」や「Sister September」が並ぶ、多面的な音楽性を示す一枚だ。このバンドを初めて聴くなら、ここから入るのも悪くない。だが、これが事実上の最終章になった。

2005年12月20日——声が消えた日

2005年12月20日RMS・フレイドマルがバンドを脱退した。残されたメンバーは後継者を探したが、声は見つからなかった。ステファン・バイルは、後にこう語っている。

「バンドが自分自身のパロディになることを恐れた」。2007年、バンドは無期限の活動停止に入る。正式な解散宣言ではないまま、ただ静かに止まった。

Anorexia Nervosaが語られない理由——フランス産という「場所の不利」

「ブラックメタルの聖地」ではなかった

シンフォニックブラックメタルには、顔となるバンドがいた。ディム・ボガー(Dimmu Borgirであり、クレイドル・オブ・フィルス(Cradle of Filth)だ。その傍らで、アノレクシア・ネルヴォサは注目されなかった。理由のひとつは、出身地への先入観にある。

聖地ノルウェーでもなく、英国でもない。フランス中部出身という事実が、そのまま壁になった。4枚を残して静かに消えたことも重なって、後世での認知は長く妨げられてきた。

それでも色あせない2作

これは音楽の質の問題ではない。むしろ完成度は際立っている。核となるのは2作だ。『Drudenhaus』と『New Obscurantis Order』。この2作の完成度は、今も色あせていない。

荘厳さと衝動を、これほど高い次元で両立させた例は少ない。稀有な記録だ。だからこそ、このバンドは語り継がれていい。フランスのメタル史に、はっきりと刻まれるべき存在だと思う。その輪が少しずつでも広がっていくなら、それでいい。

メンバーのその後、そして今聴くために

解散の後も、メンバーは音楽を手放さなかった。RMS・フレイドマルはシンガーを続け、ブラック・インダストリアルのバンド「The Cosa Nostra Klub」で歌った。ステファン・バイルは別の道を選び、ネブ・クゾートとともに「The Veil」へ参加した。誰ひとり、音楽から離れなかったのだ。

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