1997年の夏、メタルの主役はもっと派手な場所にいた。同じ年、同じ男が叩きつけたSTRAPPING YOUNG LADの轟音の裏で、もう一枚のアルバムが静かに沈んでいった。デヴィン・タウンゼンド(Devin Townsend)がOcean Machineという別名義で世に出した『Biomech』である。のちに『Ocean Machine: Biomech』の名で知られる一枚。カナダ出身のこの男は、片手で世界を殴り、もう片方の手で海を描いていた。当時、ほとんど誰も気づかなかった。
轟音の影で沈んでいた一枚
1997年のタウンゼンドは、STRAPPING YOUNG LAD(ストラッピング・ヤング・ラッド)の『City』で耳をつんざく速度と密度を撒き散らしていた。インダストリアル寄りの暴力。あれを浴びた人間が、同じ年にこんなに濡れた音を出していたとは、しばらく信じられなかった。
名義は本人の名前ではなくOcean Machineだった。バンドのような顔で出てきたが、中身はほぼ一人の多重録音である。原盤のタイトルは『Biomech』。のちに本人名義へ切り替わり、人名と並ぶ複合タイトルへ整理された。出自からして居場所が定まらない作品で、だからこそ20年以上も棚の奥で眠っていられたのかもしれない。
Ocean Machine の音、Wall of Sound の前夜
このアルバムの手触りを決めているのは、後に彼の代名詞となる何十層も重ねた音の壁、いわゆるWall of Soundの、まだ完成しきっていない姿である。ギターもボーカルもシンセも、輪郭を残したまま厚く積まれていく。完成形の『Infinity』や『Terria』ほど飽和していないぶん、一枚一枚のレイヤーが何をしているのか耳で追える。
面白いのはスネアの鳴りだ。冒頭の「Seventh Wave」で打ち込まれる硬く乾いた一発は、METALLICAの「Sad but True」の頭から抜き取ったサンプルだという。重さの基準を、当時いちばん重かった音から借りてきた。借り物の上に自分の海を建てる発想が、すでにこの男らしい。
根っこにあるのはパンクのキャッチーさである。重層的でいながら、メロディは口ずさめる場所にちゃんと置かれている。難解な響きと鼻歌の距離が近い。この同居が、彼の作品をただのプログレッシブメタルで終わらせなかった理由のひとつだろう。
静かなパートでも音は痩せない。アコースティックの上にコーラスが幾重にもかぶさり、空気そのものが鳴っているように聴こえる瞬間がある。轟音と静寂を別々の引き出しに分けず、同じ重さで扱う。この感覚が、後年の彼を貫く背骨になった。
海のように寄せては返す曲たち
13曲は、波打ち際のように緩急を繰り返す。開幕の「Seventh Wave」はキャッチーなリフで体を持っていき、中盤の「Voices in the Fan」では灰色がかった旋律の果てに、グレゴリオ聖歌めいた声の残響が立ちのぼる。聴いていると、胸の真ん中の空気が薄くなっていく。
個々の曲を切り出すより、頭から流したときにこそ効いてくるアルバムである。「Bastard」のような長尺曲が終盤に腰を据え、緊張と弛緩のあいだを時間をかけて行き来する。聴き手の体内時計を、波のリズムへゆっくり合わせにくる作りだ。
「Funeral」は半アコースティックの祈りから始まり、終盤へ向けて音量と感情をふくらませていく。実在する死を悼んで書かれた曲で、タウンゼンドの歌がここで最も剥き出しになる。泣きながら叫ぶような、あの上ずった高音。技巧ではなく、こらえきれなかった声に聴こえる。
本編を閉じる「The Death of Music」は十数分かけて、音楽が静かに息を引き取るところまで聴き手を連れていく。長い。退屈と紙一重のその長さを、わざと選んでいる。波が引いて、濡れた砂だけが残る。だが幕はまだ下りない。ボーナス扱いの「Thing Beyond Things」がひとつの和音で凪をつくり、その果てに絶叫を一度だけ放つ。静まったと思わせておいて、最後に耳を刺す。その不意打ちで、海はようやく終わる。
25年かけて浮上した名盤
発売当時、この音は時代とすれ違っていた。世はまだヘヴィでアグレッシブな方角を向いていて、海の底のような内省は遅れて届くものだったのだろう。長いあいだ、熱心なファンの口伝てでしか語られない一枚だった。
潮目が変わったのは2017年だ。タウンゼンドはこのアルバムを頭から終わりまで通して再現するライブを敢行し、20年前の沈黙を轟音で塗り替えた。その映像と音源は正規盤として残されている。棚の奥にあった作品が、ようやく多くの耳の前へ引き上げられた。
名前そのものが現在まで生きている。エフェクター・ブランドのMOOERは、彼のシグネチャーとして「Ocean Machine」を冠したマルチペダルを世に出した。25年前に黙殺されたアルバムのタイトルが、機材の名として店頭に並んでいる。再評価のかたちは、音源のなかだけにとどまらない。
“Ocean Machine is a one of a kind album, nothing really sounds like it, it’s a great album to sit with on a long drive or a late night.”
『Ocean Machine』は唯一無二のアルバムだ。ほかにこんな音は本当にどこにも見当たらない。長いドライブや深夜に、じっくり付き合うのにうってつけの一枚だよ。
— Reddit / r/progmetal
海の向こうの聴き手が今も口をそろえるのは「ほかに似た音がない」という一点だ。25年前に黙殺した理由と、25年後に手放せなくなった理由が、同じ場所を指している。時代のほうが、この音にようやく追いついた。
隠れた名盤という言葉は、しばしば負け惜しみに使われる。この一枚にはあてはまらない。轟音を出せる人間が同じ強度で静けさを鳴らせると証明した記録であり、デヴィン・タウンゼンドという音楽家の地図がここで一気に広がった。
STRAPPING YOUNG LADで耳を潰されたあとにこの海へ潜ると、同じ男の振れ幅に眩暈がした。25年遅れて浮上した一枚は、今も変わらず濡れた音で鳴っている。

