1991年10月15日、SAVATAGE(サヴァタージ)はアルバム1枚をまるごとロック・オペラに費やすという賭けに出た。3週間前にはシアトルからニルヴァーナ(Nirvana)の『Nevermind』が突き上げ、グランジが旧来のハードロックとメタルを脇へ追いやろうとしていた。その空気の真ん中へ、彼らはブロードウェイ流の劇仕立てを正面から置いた。本作『Streets: A Rock Opera』は当時の米国のラジオに乗らず、後年プログレメタル史を遡る者が必ず通る座礁地点として残る。
引き出しで眠っていた戯曲の題は『Gutter Ballet』だった
物語の骨はもともと、ポール・オニールが1979年にブロードウェイ用に書いた戯曲だった。上演の話は流れ、原稿は彼の自宅の引き出しにしまわれたままになる。1989年、『Gutter Ballet』のレコーディング中に、その戯曲と付随する楽曲を見つけたのが弟のクリス・オリヴァで、彼はこれを次のアルバムにしようと持ちかけた。バンドはまだ手に負えないと判断して先送りする。戯曲の題名だけがそのとき作っていた盤の名前として残った——『Gutter Ballet』は本来、この物語のタイトルだったのだ。
先送りは1年で終わる。1990年10月にプリプロダクションへ入り、翌年の頭からニューヨークの321スタジオで録音が始まった。脚本は最初からメタル盤のために書かれていない。舞台の物理——場面転換、独白、合唱、暗転と再点灯——をすでに内側に持っている。SAVATAGE はそれを楽曲構成へそのまま持ち込み、ハードロックとメタル基調のリフ群の合間へ、独白のバラード、合唱風コーラス、ピアノだけの間奏を「劇の場面」として埋めていった。4分のロック・チューンを10本並べる型を、ここで一度ほどいている。
録音は1年近くに及んだ。50曲近くを録って19曲まで削り、当初構想していた2枚組を1枚へ圧縮する。セッションのリールはアトランティックの倉庫で失われ、幻の2枚組は永久に日の目を見ない。
DT・ジーザスという、二度落ちる男
主人公の DT・ジーザスは、物語が始まる時点ですでに一度落ちている。かつてスターだった男が、いまはニューヨークの街でドラッグを売るだけの、名もない一人になっている。DT が「De-Tox」の縮約なのか「Down-Town」の縮約なのかは、作品の側が決着を付けていない。本業はディール、本心は音楽。そこから彼はもう一度、スターの座へ駆け上がっていく。
二度目の墜落は自分で引き金を引いた。DT は自分が捌いていたブツに手を出し、信仰と音楽の境目を見失う。終盤で彼が手を伸ばすのは救済で、伸ばした先が地上なのか頭の中なのかは、聞き手の側に渡される。
脚本は自伝として書かれたものではない。それでも1991年当時のジョン・オリヴァ(Jon Oliva)の暮らしがこの主人公と重なっていたことは、偶然の一致としてバンドの周辺で語られてきた。1979年に他人が書いた男の転落が、12年後に歌う本人の現実へ追いついてしまった。
ジョン・オリヴァが1枚を通して歌い切った最後の盤
本作は、ジョン・オリヴァが単独のリードボーカルとしてアルバム1枚を歌い切った最後の SAVATAGE 作になった。壊れていく DT を演じるため、彼の声は罵りから宣伝マンの口上、酒場の独白、絶望のロングトーンまで全方位へ引き伸ばされている。次作『Edge of Thorns』(1993)で彼はシンガーの座を退き、制作と楽曲提供へ回る。新しい声を担ったのがザッカリー・スティーヴンス(Zachary Stevens)で、ジョンが単独リードとして戻るのは2001年の『Poets and Madmen』まで待つことになる。その間の『Dead Winter Dead』(1995)と『The Wake of Magellan』(1997)では、2曲ずつを分け合っているだけだ。
兄弟の距離がいちばん近いのは「Jesus Saves」と「Can You Hear Me Now」の2曲になる。この2曲は、スタジオにジョンとクリスの二人しか入っていない。ジョンがドラム、クリスがベースまで持ち、他のメンバーの音は入らなかった。弟のギターと兄のリードボーカルで完結した最後の交差点——その言い方では足りず、二人だけで仕上げた音がそのまま盤に残っている。
1993年10月17日、クリスはフロリダ州のハイウェイで飲酒運転の車に正面衝突され、30歳で世を去る。あとから聴くと、本作の彼は自分の最高到達点を1枚へ詰め込む前提で弾いているように響く。それは聴き手が時間軸を後ろから掛け直しているにすぎない。
グランジの波と、評価の遅刻
商業面では、9月に出た『Nevermind』が塗り替えた市場と真正面からぶつかった。ロック・オペラ、全16曲、68分、語りの入る大作という形式は、1991年秋のラジオと MTV の空気からいちばん遠い場所に置かれている。米国で本作が付けた最高位は Billboard の Heatseekers Albums の31位で、Billboard 200 には入っていない。
ヨーロッパの受け止め方はまるで違う。ドイツの Rock Hard は発売時のレビューで10点満点の9.5を、同国の Metal Hammer は7点満点の満点を付けた。2005年に Rock Hard が編んだ書籍『The 500 Greatest Rock & Metal Albums of All Time』では310位に入っている。2022年には再発盤がドイツのオフィシャル・アルバムチャートで9位を記録した。埋もれた、というより、文脈が追いつくのを待たされた盤だ。
TSO の設計図でもある
本作のもう一つの読み方は「トランスシベリアン・オーケストラ(Trans-Siberian Orchestra・TSO)の設計図」になる。ポール・オニールは1996年、ジョン・オリヴァを制作の中核に据えて TSO を結成した。クリスマスを軸にしたシンフォニック・ロック・オペラの構図、独白と合唱と場面転換を1曲の中で扱う手つき、ピアノとディストーション・ギターの並走——この組み立てを、本作はメタル盤の内側で先に試している。TSO の看板曲「Christmas Eve (Sarajevo 12/24)」が1995年の SAVATAGE 作『Dead Winter Dead』に先に収録されていた事実も、両者の繋がりが早くから始まっていたことを示す。
終幕のバラード「Believe」について、オニールはのちにこう振り返っている。
“It’s about redemption. The verses are designed to find the wound in the soul, and the choruses are designed to heal it.”
救済についての曲だ。ヴァースは魂の傷を探し当てるために書かれていて、コーラスはその傷を癒すために書かれている。
— ポール・オニール(Something Else!, 2012年)
この曲は2009年、TSO の『Night Castle』でティム・ホッケンベリーの声で録り直される。1979年に書かれた終幕が、30年かけて別の器へ移っていった。シーズン市場で巨大化した TSO の出発点は、1991年のニューヨークのスタジオに先に置かれていたことになる。
聴きどころと Streets Rock Opera の聴き方
幕を開ける「Streets」、MV になった「Jesus Saves」、ウェールズの伝統子守唄「Suo Gân」を下敷きにした「Heal My Soul」、そして幕を引く「Believe」。個別の名曲を抜き出すよりも、全16曲を頭から通して1つの劇として聴く形を推したい。短いインストやリプライズは、単独では役目が見えにくい代わりに、通しの劇では場面と場面を繋ぐ蝶番として効いてくる。
初聴で疲れたら、何年か経って物語ものへの耐性が付いてからもう一度戻ってきていい。ロック・オペラは一気聴きがフォーマット込みの作法で、シャッフル再生のために作られた音楽ではない。
1991年と2026年、二つの入口
1991年の聴き手にとって、本作は「ハードロックとメタルがブロードウェイの語法を本気で取り込みに来た」事件だった。2026年の聴き手にとっては向きが逆になる。ドリーム・シアター(Dream Theater)やシンフォニックメタルが当然のように使う長尺の物語構成、その出発点のひとつを遡る盤として機能する。どちらの入口から入っても、たどり着く核は同じところにある。DT・ジーザスという虚構の男の再起と墜落、その1点へあらゆる装置が集約されていく。
35年の時差が消える瞬間が、通しで聴くと何度かやってくる。それで十分だと思う。

