ロブ・ハルフォード カミングアウト——1998年MTV、漏らした一言がメタルを変えた

ハルフォード カミングアウト ── ロブ・ハルフォード カミングアウト——1998年MTV、漏らした一言がメタルを変えた メタル年代記
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1998年2月4日、ニューヨーク。MTVのスタジオでカメラが回っていた。ロブ・ハルフォード(Rob Halford)ジューダス・プリースト(JUDAS PRIEST)を離れて6年、新しいインダストリアル・メタル・プロジェクト2woのデビュー作『Voyeurs』を宣伝しに来ていた。会話の途中で、彼は何気なく口にした。「Well、ゲイの男として言わせてもらえば——」。誰の台本にもなかったハルフォードのカミングアウトが、宣伝の隙間からこぼれ落ちた瞬間だった。

1998年2月4日、ロブ・ハルフォード(Rob Halford)はMTVのインタビューで「speaking as a gay man」と切り出し、自身がゲイであることを公にした。本人にも完全に予定外の発言で、JUDAS PRIEST離脱中・ソロプロジェクト2woの宣伝で訪れたスタジオでの一言だった。メタルというジャンルで沈黙の壁が破れた20世紀の分水嶺として、いまも引用され続けるハルフォードのカミングアウトの内側を、本人の証言と当時の記録から再構成する。

クリップボードが床に跳ねた音

ハルフォードは後年、アップル・ミュージックのインタビューでその瞬間を振り返っている。「『Well、speaking as a gay man、blah、blah、blah、blah、blah』みたいなことを言った。そしてプロデューサーのクリップボードが床に跳ねる音を聞いた」。スタジオの空気が息を呑む——本人の記憶では、そこに走ったのは「なんてことだ、彼はカミングアウトした」という気配だった。彼自身、何が起きたのかすぐには理解していない。

会話は台本を離れていた。本人の説明では、音楽そのもの、方向性、その時の感情——そういう流れの中で、あの一節が滑り出た。

ハルフォード カミングアウト——a crowd of people standing around a stage at night
Photo by Rafael Garcin on Unsplash

当時のセレブのカミングアウトといえば、雑誌の表紙や事前に仕込んだ独占取材で慎重に組み立てる時代だった。前年の1997年4月、エレン・デジェネレス(Ellen DeGeneres)は『TIME』の表紙で「Yep, I’m Gay」と告げている。アメリカ軍では「ドント・アスク、ドント・テル」が現役の規則として運用されていた。にもかかわらず、ハルフォードは新作の宣伝枠で、自分でも止められないうちにそれを口にしてしまっていた。

1992年離脱という前提

1998年2月の彼は、JUDAS PRIESTのフロントマンではなかった。1992年5月、ハルフォードはバンドを離れている。望んでいたのはソロ作を作ることだけだったのに、レコード会社の側から「ソロをやるなら正式に脱退する必要がある」と告げられ、その通りに書面を出した。2020年の自伝『Confess』で、彼はこの離脱を「ミスコミュニケーション」と呼んでいる。辞めるつもりなど無かった、というのが本人の述懐になっている。

1992年から1998年までの彼は、スラッシュ寄りのプロジェクトFightからインダストリアル方向の2woへと、メタルの主流から半歩外れた場所を渡り歩いていた。本家JUDAS PRIESTはティム・“リッパー”・オーウェンズ(Tim “Ripper” Owens)を迎え、『Jugulator』(1997年)と『Demolition』(2001年)を制作する。メタルの「神」と呼ばれた声は、自分の名前を持たないバンドの隅で歌い続けていた。

2woの宣伝で来たはずだった

1998年のMTVに彼が訪れた目的は、2woのデビューアルバム『Voyeurs』(3月10日発売)の事前プロモーションに尽きていた。トレント・レズナー(Trent Reznor)がエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねるナッシング・レコードからのリリース、ギターはのちにマリリン・マンソン(Marilyn Manson)やロブ・ゾンビ(Rob Zombie)で知られるジョン5(John 5)。重く、機械的で、JUDAS PRIESTのファンが期待してきたものとはまったく違う音だった。

ハルフォード カミングアウト——man in black jacket singing on stage
Photo by Hulki Okan Tabak on Unsplash

その宣伝の席で、事前にこう言おうと決めていたわけではない。20世紀のメタルでもっとも重い意味を持つことになったのは、たった5語の英語だった。台本を組まなかったからこそ、誰も止められなかった。

拒絶を予期していた男に、返ってきたもの

放送後、ハルフォードのもとには手紙とファクスと電話が殺到した。本人はこう振り返っている。「こんな愛の奔流は人生で見たことがなかった——手紙、ファクス、電話、メタルコミュニティのみんなから」。返ってきたのは、気にしない、そのままのあなたでいい、あの曲を歌ってくれ、という言葉だった。革ジャンに鋲、男性性の象徴のように消費されてきたメタルの観客が、最初に差し出したのは拒絶ではなかった。

恐怖が無かったわけではない。「拒絶されると自分に思い込ませていたんだと思う。実際はまるで逆だった」と彼は後年語っている。二度と買わない、という趣旨の手紙も数通は届いた。数通で終わったこと自体が、1998年の音楽産業では異常だった。

2003年、11年を経て戻った場所

カミングアウトから2年後の2000年8月、ハルフォード名義のソロアルバム『Resurrection』が発表される。JUDAS PRIEST的な伝統的メタル路線への明確な回帰で、収録曲「The One You Love to Hate」にはブルース・ディッキンソン(Bruce Dickinson)がゲスト・ボーカルで参加した。評価は高かった。本人の声、本人の音、本人の物語が、ようやく同じ場所に揃った一枚として受け止められている。

2003年7月11日、JUDAS PRIESTはハルフォードの復帰を発表する。離脱から11年が経っていた。オーウェンズ時代の2枚について、本人はいまも聴いていないと話している。自分が歌っていないから惹かれない、リッパーへの他意はない、と付け加えながら。残酷だが、もっとも素直な距離の取り方でもある。復帰後の最初の仕事は2004年の欧州ツアーとOzzfestで、2005年の『Angel of Retribution』がその声を正式に呼び戻した。

ハルフォードのカミングアウトが残したもの

1998年2月4日のMTVの一言は、その後の20年余りで、メタルやハードロックの中で同じ告白を選ぶ表現者の背中を押していく。ヘイルストーム(Halestorm)のリジー・ヘイル(Lzzy Hale)は、あの瞬間の意味をこう語っている。

“I don’t think he realizes how inspiring that must have been for so many young metalheads that were gay and maybe afraid to tell anyone. At the time when he came out, the genre was very much viewed as very hetero. So, here’s the most badass singer, a poster child for metal, and he’s being unapologetically himself.”

「ゲイで、誰にも言えずにいた若いメタラーたちが、あれにどれだけ勇気をもらったか、本人は分かっていないと思う。彼がカミングアウトした頃、このジャンルはひたすらヘテロなものと見られていた。そこに、いちばんイカした歌い手、メタルの象徴みたいな人が、自分をまるごと引き受けて立っていた」

— リジー・ヘイル(ヘイルストーム) / Loudwire

本人の言葉に倣えば、それは「glorious, glorious moment」だった。台本がなかったから押し付けがましさがなく、それでいて誰にも止められなかった。沈黙が破れたのは、声を張り上げたからではない。宣伝のために来たスタジオで、自分の音楽の話をしているうちに、本人がうっかり外に出してしまったからだった。

ハルフォードのカミングアウトが効いたのは、周到だったからではなく、周到でなかったからだ。準備された告白は身構えられるが、宣伝の会話からこぼれた一言は、メタルの側に「受け入れるかどうか」を考える猶予を与えなかった。返事は手紙とファクスと電話の山で来た。

28年が経った2026年、ハルフォードはJUDAS PRIESTのフロントに立ち続けている。あのスタジオから今日まで、声は同じ場所で鳴り続けている。

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