1991年、シアトルから来た重い靄が、サンセット・ストリップのラメとヘアスプレーをひと晩で過去にした。化粧を落とすバンドが続出するなか、わざわざその更地に降り立ったのが バックチェリー(BUCKCHERRY)だ。グランジが片付けたはずの スリーズ・ロックを、1999年のデビューで臆面もなく鳴らした。1995年の結成から数えれば 30年を超える。LA グラムを鳴らしていたバンドはほとんど姿を消したのに、この連中だけがまだ大きな音で回り続けている。
グランジが片付けたスリーズ・ロックを、1999年に鳴らす
結成は 1995年、カリフォルニア州アナハイム。ボーカルの ジョシュ・トッド(Josh Todd)とギターの キース・ネルソン(Keith Nelson)が、トッドのタトゥー彫師の紹介で出会ったところから始まる。最初のバンド名はスパロウ、そこから名前を変えてバックチェリーになった。
セルフタイトルのデビュー作『Buckcherry』が出たのは1999年4月。先行シングルの「Lit Up」が、ビルボードのメインストリーム・ロック・チャートで3週1位を獲った。リフはキッス(KISS)の「Shock Me」のイントロから拝借したもので、トラックではセックス・ピストルズの スティーヴ・ジョーンズ(Steve Jones)がギターを弾いている。デビュー盤は DreamWorks にとって初のゴールド認定作になった。
時代は彼らに不利だった。流行の中心はとうにこの音から離れていたのに、ゴールドまで売った。流行を外した場所で支持を集めた事実が、後の30年ぶんの体力をすでに予告していた。
一度消えて、『15』で戻ってきた
2作目『Time Bomb』を2001年に出した後、バンドは2002年に活動を止める。メンバーが次々に抜け、作りかけのアルバムは完成しなかった。トッドはソロ作『You Made Me』を2004年に発表して、いったん別の場所で声を試している。
戻ってきたのは2005年。トッドとネルソンが新しい編成で組み直し、2006年に『15』を出した。ここに入っていた「Crazy Bitch」がバンドの代名詞になる。続く「Sorry」はビルボード Hot 100 で9位まで上がり、初のトップ10入りを果たした。下品でやかましいと叩かれ続けた音が、いちばん広い場所へ届いた瞬間だった。
ジョシュ・トッドの声を聴く
この声を抜きにバックチェリーは語れない。トッドの歌は、きれいに伸びるタイプではない。喉の奥で擦れて、語尾が砂を噛むようにざらつく。「Lit Up」のサビでピッチがわずかに上ずる箇所、あの不安定さが逆に生っぽさを連れてくる。整えられた歌声が並ぶ時代に、わざと磨かない声を真ん中へ置いている。
歌詞のいかがわしさも、声と切り離せない。コカインやセックスを正面から歌っても、湿った告白には沈まない。トッドの発声が乾いているため、際どい話題が深刻ぶらずに転がっていく。磨かない声と乾いた語り口こそが、スリーズという領域をいまも成立させている芯だ。
小さく回す体制と、3分で終わる曲
30年続いた手応えは、声と楽曲の作りから読むと見えてくる。ネルソンが2017年に去った後、結成メンバーはトッド一人になった。それでもバンドは止まらず、『Warpaint』『Hellbound』『Vol. 10』と短い間隔でアルバムを送り出してきた。大所帯の重い運営に縛られず、出したいときに出せる構えを保っている。
曲そのものも長居しない。2025年6月の『Roar Like Thunder』はナッシュビルの Sienna Studios で録られ、プロデュースは マーティ・フレデリクセン(Marti Frederiksen)が手がけた。収録は10曲、1曲あたり2分から4分台で、アルバム全体でも31分ほどで駆け抜ける。引き伸ばさず、フックが来たら畳む。聴き手を飽きさせない長さに刈り込む判断が、毎作ぶれていない。
スリーズ・ロック最後の生き残りが刻んだ30年
現在の編成は、トッドに、2005年の再始動から弾き続けるギターのスティーヴィー・D(Stevie D.)、ギターのビリー・ロウ(Billy Rowe)、ベースのケリー・ルミュー(Kelly LeMieux)、ドラムのフランシス・ルイス(Francis Ruiz)が並ぶ。原メンバーはトッドだけになったのに、音の手触りは初期と切れずに続いている。
11作目をどう作ったか。トッド自身がインタビューでこう説明している。
“And the only stipulation on this effort was to not have any ballads or covers. We just wanted a rocking record, and I feel like we accomplished it.”
「今回の一枚に課した条件はひとつだけ——バラードもカバーも入れない。とにかくロックするレコードにしたかったし、それはやれたと思う」
— ジョシュ・トッド(BLABBERMOUTH.NET/TotalRock のニール・ジョーンズによるインタビュー、2025年)
宣言どおり、バラードは一曲も入っていない。頭から終いまで速い曲で押し切る31分に、30年前の更地で鳴らした音がそのまま残っている。2026年に入ってもツアーは止まらず、彼らは同じ音を運び続ける。
派手な再評価も、劇的な復活劇もない。流行が二度三度と入れ替わるあいだ、バックチェリーは同じ音量で同じ場所に居続けた。その目立たない持続が、更地に降りた1999年の音を今日まで生かしている。新作の31分を浴びれば、理屈より先に身体が分かる。

