フランスの片田舎から、轟音と荘厳なシンセを束ねて世界に殴り込んだバンドがいる。アノレクシア・ネルヴォサ(Anorexia Nervosa)。そのアノレクシア・ネルヴォサが、2004年のアルバム『Redemption Process』日本盤にだけ、こっそり一曲を忍ばせた。X JAPANの「I’ll Kill You」。YOSHIKIがXで最初に書いた歌を、フランスのブラックメタルが鳴らし直したカヴァーだ。日本のリスナーしか手にできない、ささやかな贈り物だった。
日本盤にだけ埋められた X JAPAN「I’ll Kill You」

『Redemption Process』を最後まで再生すると、ヨーロッパ盤では出てこない曲が鳴りはじめる。それが「I’ll Kill You」だ。Listenable Records が2004年に出したこのアルバムで、日本盤にだけ与えられたボーナストラックだった。同じ年の『The September E.P.』にも収められ、いまは配信で誰でも聴ける。
尺は3分16秒。Xが1985年に出したシングル版は3分21秒で、ほとんど同じ寸法に収まっている。引き延ばしもしなければ、崩しもしない。速さで殴る曲へ、速さで応えた仕上がりだ。
海を越えた相手の最初の一曲を選び、その速度に自分たちを合わせた。挨拶にしては、ずいぶん物騒な題名を選んだものだと思う。
ANOREXIA NERVOSA とは何者か

名前からして、穏やかではない。アノレクシア・ネルヴォサ——医学でいう神経性無食欲症、いわゆる拒食症を指す言葉だ。その名を掲げて、フランス中部のリモージュから出てきた。
始まりは1991年にさかのぼる。Necromancia という別名義で、1993年にデモテープを世に出している。やがて名前を変え、音そのものを大きく作り替えた。行き着いた先が、緻密にオーケストレーションされた荘厳な暴力——シンフォニックブラックメタルと呼ばれる場所だった。
シンセが屋台骨を支える音
このバンドの肝は、シンセサイザーの置き方にある。後ろで鳴らす装飾ではなく、楽曲の骨格そのものをシンセが支えている。高速で刻むギターとブラストビートの上に、教会音楽めいた旋律がかぶさる。美しさと暴力が、同じ瞬間に鳴る。その同居が彼らの署名だった。
『Exile』(1997) で世に出て、『Drudenhaus』(2000)、『New Obscurantis Order』(2001) と作品を重ねるたび、荘厳さと凶暴さの振れ幅は広がっていく。ボーカルの RMS Hreidmarr が叩きつける憎悪まみれの絶叫が、その壮麗さに毒を注ぎ込んだ。
その Hreidmarr が2005年12月に去る。後任は見つからず、バンドはそこで止まったまま、いまも新作を出していない。『Redemption Process』が最後のフルアルバムで、同年の『The September E.P.』が最後の作品になった。フランスが10年で使い切ったこのバンドの軌跡は、別の記事で辿っている。
Xのデビューシングルになった、YOSHIKIの最初の曲

カヴァー元の「I’ll Kill You」を書いたのは、まだXと名乗っていた頃のYOSHIKIだ。1982年にバンドを組み、ヘヴィな音を鳴らすために、いちばん最初に書き上げた歌だという。1985年2月にデモテープへ吹き込まれ、同じ年の6月にXのデビューシングルとして世へ出た。Dada Recordsから出た1,000枚は、数日で消えたと伝えられている。ジャケットにはベトナム戦争で撮られた遺体の写真が並んでいた。1988年のファースト・アルバム『Vanishing Vision』で三度目の録音がなされ、曲はかたちを変えながら残ってきた。
物騒な題名に反して、人を殺す歌ではない。YOSHIKI本人が、これは険悪になった夫婦のような種類のラブソングだと語っている。日本語で綴った詞を英語へ直し、読み返してみて、その刃が自分自身に向いていたことに気づいた——そういう曲だ。
憎しみと愛情が、ひとつの言葉の中で溶け合っている。行き場をなくした激情が、そのまま速度に変わっていく。この構造は、ブラックメタルが昔から扱ってきた情念と根のところで近い。アノレクシア・ネルヴォサがこの曲を選んだのは、思いつきには見えない。
武器を置いて返した挨拶
シンフォニックブラックのバンドがカヴァーをやるとき、定石は決まっている。原曲を自分の色に染め、管弦を足し、荘厳に膨らませる。それが彼らの語法であり、いちばんの武器だからだ。アノレクシア・ネルヴォサは、この曲でそれをやらなかった。
骨格を支えていたはずのシンセを後ろへ下げ、ギターとドラムだけで前へ出る。海外のリスナーも、そこを聴き取っている。
“‘I’ll Kill You’ may be the fastest song I’ve ever heared from Anorexia Nervosa. High-speed drumming and a nice riff cooperate perfectly with Hreidmarrs voice. The keyboard/orchestral-parts are shoved to the background (not necessaryly a bad thing) and the classic metal-lineup does a great performance of a very classic metal song.”
「I’ll Kill You」は、アノレクシア・ネルヴォサで聴いたなかでいちばん速い曲かもしれない。高速のドラムと良いリフが、Hreidmarrの声と完璧に噛み合う。キーボードとオーケストラのパートは後ろへ押しやられていて(それが悪いとは限らない)、クラシックなメタルの編成が、実にクラシックなメタルの曲を見事に演奏している。
— Encyclopaedia Metallum ユーザーレビュー(Count_of_Alkaya, 2006年)
彼らは原曲を自分の色に塗り替えず、原曲の側の言葉——1985年のXが鳴らしていた速度——に自分たちを合わせた。管弦を積めば、この曲は簡単に別物になっただろう。積まなかったのは、腕がないからではない。積む必要のない曲だと聴き取ったからだ。
日本盤にだけ入れた、という事実も効いている。海の向こうの誰かへ、その人たちの言葉で挨拶した。轟音で物騒な題名を叫びながら、やっていることは、ずいぶん優しい。
このカヴァーに、長い解説は似合わない。フランスの底から出てきたバンドが、飾りを外してYOSHIKIの最初の激情の隣に並んだ。なぜ彼らがこの曲を選んだのか——その答えは、もう音の中に入っている。日本盤の最後にひっそり置かれた3分あまりを、私はそう聴いた。

