フランスの片田舎から、轟音と荘厳なシンセを束ねて世界に殴り込んだバンドがいる。アノレクシア・ネルヴォサ(Anorexia Nervosa)。そのアノレクシア・ネルヴォサが、2004年のアルバム『Redemption Process』日本盤にだけ、こっそり一曲を忍ばせた。X JAPANの「I’ll Kill You」。YOSHIKIがXで最初に書いた歌を、ブラックメタル">シンフォニックブラックメタルの語法で鳴らし直したカヴァーだ。日本のリスナーしか手にできない、ささやかな贈り物だった。
日本盤にだけ埋められた X JAPAN「I’ll Kill You」

『Redemption Process』を最後まで再生すると、ヨーロッパ盤では出てこない一曲が鳴りはじめる。それが「I’ll Kill You」だ。X JAPANの曲を、フランスのバンドが自分たちの音で塗り直している。Listenable Records が2004年に出したこのアルバムで、日本盤だけに与えられたボーナストラックだった。
原曲の疾走感を、彼らはそのまま追いかけなかった。テンポを落とし、シンセの層を何枚も重ね、原曲が抱えていた切迫感を別の重さへ移している。速さで殴る曲を、遅さで締め上げる方へ振り切った仕上がりだ。
海を越えた相手の最初の一曲を選び、自分たちの語法で返した。挨拶にしては、ずいぶん物騒な題名を選んだものだ。
ANOREXIA NERVOSA とは何者か

名前からして、穏やかではない。アノレクシア・ネルヴォサ——医学でいう神経性無食欲症、いわゆる拒食症を指す言葉だ。その名を掲げて、フランス中部のリモージュから出てきた。
始まりは1991年にさかのぼる。Necromancia という別名義で、インダストリアルの匂いがする荒いデスメタルを鳴らしていた。やがて名前を変え、音そのものを大きく作り替える。原始的なブラックメタルから、緻密にオーケストレーションされた荘厳な方向へ——シンフォニックブラックメタルと呼ばれる場所に腰を据えた。
シンセが屋台骨を支える音
このバンドの肝は、シンセサイザーの置き方にある。後ろで鳴らす装飾ではなく、楽曲の骨格そのものをシンセが支えている。高速で刻むギターとブラストビートの上に、教会音楽めいた旋律がかぶさる。美しさと暴力が、同じ瞬間に鳴る。その同居こそ、彼らの署名だった。
『Exile』(1997) でヨーロッパに名を知らしめ、『Drudenhaus』(2000)、『New Obscurantis Order』(2001) と作品を重ねるたび、荘厳さと凶暴さの振れ幅は広がっていく。ボーカルの RMS Hreidmarr が叩きつける憎悪まみれの絶叫が、その壮麗さに毒を注ぎ込む。
その Hreidmarr が2005年末に去ると、後任を見つけられないままバンドは長い沈黙へ入る。『Redemption Process』は、この編成が残した最後の咆哮になった。日本盤の隅に置かれたあのカヴァーは、ほどなく止まる時計の、最後のほうの一刻みでもある。
Xのデビューシングルになった、YOSHIKIの最初の曲

カヴァー元の「I’ll Kill You」を書いたのは、X JAPAN——まだXと名乗っていた頃の彼らのYOSHIKIだ。バンドを組んでヘヴィな音を鳴らすために、いちばん最初に書き上げた歌だという。1985年2月にデモテープへ吹き込まれ、同じ年の6月にXのデビューシングルとして世へ出た。1988年のファースト・アルバム『Vanishing Vision』でもう一度録り直され、三度かたちを変えながら残ってきた。
物騒な題名に反して、人を殺す歌ではない。YOSHIKI本人が、これは険悪になった夫婦のような種類のラブソングだと語っている。日本語で綴った詞を英語へ直し、読み返してみて、その刃が自分自身に向いていたことに気づいた——そういう曲だ。
憎しみと愛情が、ひとつの言葉の中で溶け合っている。行き場をなくした激情が、そのまま振り切れていく。この構造は、ブラックメタルが昔から扱ってきた情念と根のところで近い。アノレクシア・ネルヴォサがこの曲を選んだのは、ただの思いつきには見えない。
ANOREXIA NERVOSA と X JAPAN が交わる場所
フランスのシンフォニックブラックメタルと、日本のX JAPAN。出自も時代も離れたこの二つに、案外、同じ血が流れている。過剰なほどの劇性、クラシックめいた荘厳さ、速さと美しさを両立させようとする欲——X JAPANにしても、スピードの中に泣きの旋律とオーケストレーションを詰め込んだバンドだった。
アノレクシア・ネルヴォサが「I’ll Kill You」を遅く、重く塗り直したとき、原曲に隠れていた荘厳さが表へ出てきた。速さで覆われていた泣きのメロディを、シンセの層がむき出しにする。原曲を壊すためのカヴァーではない。芯にあったものを、別の角度から照らし直す作業だった。
日本盤にだけ入れた、という事実も効いている。海の向こうの誰かへ、その人たちの言葉で挨拶した。商業の計算より、リスペクトの手触りが先に立っている。轟音で物騒な題名を叫びながら、やっていることは、ずいぶん優しい。
このカヴァーに、長い解説は似合わない。フランスの底から立ちのぼる荘厳な轟音が、YOSHIKIの最初の激情をまるごと抱え直す。なぜ彼らがこの曲を選んだのか——その答えは、もう音の中に入っている。日本盤の最後にひっそり残された一曲を、私はそう聴いた。

