2026年、マストドン(Mastodon)は新しいアルバムを鳴らし終えた。共に立ち上げた創設者を失い、深い傷を負ったまま。なぜ彼らは止まらなかったのか。答えは、このバンドがそもそもどう鳴っていたかにある。
アトランタで生まれた怪物——2000年、混沌からの出発
2000年1月13日、ジョージア州アトランタ。トロイ・サンダース(Troy Sanders)、ビル・ケリハー(Bill Kelliher)、ブレント・ヒンズ(Brent Hinds)、ブラン・デイラー(Brann Dailor)の4人が顔を合わせた。全員がすでに別のバンドで場数を踏んでいて、いわばキャリア付きの新人だった。ケリハーとデイラーはニューヨーク州から移り、アトランタでサンダースとヒンズに出会う。
最初から設計図があったわけではない。Relapse Recordsから2002年5月に出たデビュー作『Remission』を聴けば、それがわかる。ハードコアの衝動とヘヴィメタルの重さがせめぎ合って、音はざらついている。荒さはエネルギーの過剰であって、技術の不足ではない。
4本の楽器は、めいめい違う方を向いている。デイラーのドラムは伴奏に収まらず、手数で前に出てくる。ヒンズのギターはサザンロックの土の匂いを引きずる。サンダースの低音はズシリと沈む。噛み合わないはずの4人が、ぶつかったまま同時に前へ出る。その音の手触りは、ほかのどのバンドとも似ていない。
『Leviathan』が世界を驚かせた——2004年の飛躍
2004年8月、マストドンは2枚目の『Leviathan』(Relapse Records)を出した。ハーマン・メルヴィルが1851年に書いた『白鯨(Moby-Dick)』を下敷きにした、バンド初のコンセプト作だ。
古典文学をメタルで語るという発想が、当時は異質だった。10曲を貫くのは、白鯨を追う執念だ。ばらばらだった4人が、一つの物語へ束ねられて初めて力を出す。プログレッシブな構成とハードコアの攻撃性が、この一点で噛み合った。
Revolver、Kerrang!、Terrorizerの3誌が、このアルバムを年間最高作に選んだ。テクニカルで、しかも曲として立っているバンドを、リスナーは待っていた。
開幕の「Blood and Thunder」を聴けば、理由は要らない。最初のリフがザクザクと疾走し、デイラーのドラムが休みなく畳みかける。聴き手は一音目から荒波にさらわれる。
変化し続けた、8枚のアルバムが残したもの
マストドンが並のバンドと違ったのは、成功したあとも同じ音に留まらなかった点だ。2006年の『Blood Mountain』ではサザンロックのグルーヴが滲み、2009年の『Crack the Skye』でプログレッシブ性を限界まで押し広げた。
『Crack the Skye』は、いま聴いても異様な密度がある。アストラル・プロジェクションを主題に、長尺のトラックが組曲のように連なり、リフが幾重にも折り重なる。プログレッシブロックの聴き手までが振り向いた作品を、ハードコア出身の4人が作るとは誰が読めただろう。
路線を引き戻したのが2011年の『The Hunter』だった。ストレートでアクセシブルなハードロックへ寄せた作品で、長年のファンの間で賛否が割れた。それでも彼らは迷わない。「ファンの期待」ではなく「今鳴らしたい音」を採る——その構えが、アルバムごとの大きな振れ幅を生んだ。
グラミーが認めた、積み重ねの重さ
2014年の『Once More ’Round the Sun』を経て、2017年に7枚目『Emperor of Sand』(Reprise Records)が届いた。メンバーの身近な人ががんを患い、その体験が作品の芯になっている。引用でも概念でもなく、現実の痛みから出た音だった。
2018年1月28日、マディソン・スクエア・ガーデンで開かれた第60回グラミー賞。収録曲「Sultan’s Curse」がBest Metal Performanceを受賞した。マストドンにとって、バンド史上初のグラミーだ。
2021年、8枚目『Hushed and Grim』が届く。15曲・80分を超える2枚組で、『Remission』の頃の荒さを思えば、ずいぶん遠くまで来た。
2025年3月、25年連れ添った一角が欠ける
2025年3月、マストドンはブレント・ヒンズの脱退を発表した。「相互の合意による」という説明で、創設メンバーが抜けるのはバンドにとって初めてだった。ヒンズはただのリードギタリストではない。土臭いサザンロックと、どこへ飛ぶか読めない実験癖を、彼は持ち込んだ。あの4人のばらつきを支える一角が、ヒンズだった。
2025年8月20日の夜、ヒンズはアトランタの交差点でバイク事故に遭い、51歳で世を去った。バンドは「計り知れない悲しみと喪失のなかにいる」と声明を出した。
2026年7月、3人はヒンズとの別離とその死を語る35分の映像『The Mastodon in the Room』を公開する。あの日なぜ袂を分かったのかを、彼らはようやく自分の口で語った。
“Losing him has meant sitting with a type of grief we never expected.”
「彼を失うことは、予想もしなかった種類の悲しみと向き合うことだった」
— マストドン(2026年・Louder)
脱退に続く死という二重の喪失を抱え込んだのは、トロイ・サンダース、ビル・ケリハー、ブラン・デイラーの3人だった。
それでも続く——9作目という答え
喪失のさなかでも、マストドンは手を止めなかった。9枚目のスタジオアルバム『Marrow Deep』は2026年8月28日、Loma Vistaから届く。全12曲。『Hushed and Grim』から約5年ぶりの新作になる。
この作品にヒンズはいない。2025年春のツアーから穴を埋めてきたニック・ジョンストン(Nick Johnston)が正式メンバーとなり、鍵盤奏者を迎えた5人編成でアトランタのスタジオに入った。録音のさなかにデイラーは母を亡くしている。ヒンズをめぐる混乱と、その死が、同じ時間に重なった。楽な制作であったはずがない。
2026年6月2日、先行シングル「Your Ghost Again」が世に出た。ヒンズの死のあと、バンドが初めて聴かせた音だ。サンダースは自分の書いた歌詞について、すべてブレントのことを、ブレントのために書いたと語っている。
“I just kept seeing [Hinds] out of the corner of my eye, where he would normally be with his guitar.”
「視界の端に、ずっと彼が見えていた。いつもギターを抱えて立っていた、あの場所に」
— ブラン・デイラー(2026年・Louder)
7月に公開された2曲目の先行曲「Snakes For Dinner」には、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ(Queens of the Stone Age)のジョシュ・オム(Josh Homme)が客演した。サンダースは新しい編成を、全員が飢えていた結成当初のようだと語っている。
方向の違う4人が、ぶつかり合って一つの音になる。マストドンはその緊張で25年を鳴らしてきた。一角を失えば均衡は崩れる。それでも残った3人は、新しい顔を迎えて音を埋め直した。初めから、そういう寄せ集めのバンドだった。
振れ幅は、続けて数枚聴くと身体でわかる。白鯨の執念を束ねた『Leviathan』で名を上げ、長尺の組曲を敷き詰めた『Crack the Skye』で音を変え、現実の痛みを鳴らした『Emperor of Sand』でグラミーをつかんだ。顔はどれも違う。鳴っているのは、いつも同じ4人のざらつきだ。

