会場の床が、波になる。何千という腕がオールを漕ぐ仕草で前後に揺れ、まだ誰も乗っていない船を、その場の全員で漕ぎ出していく。それぞれの手には、ツノをかたどった杯が握られている。これは演奏を観る時間ではなく、ひとつの宴だ。スウェーデンのヴァイキング・メタル、アモン・アマース(Amon Amarth)のライブで、毎晩のように起きている光景である。
「宴」と呼ぶしかないライブ
ステージ中央には、ドラムキットを乗せた巨大なヴァイキングの兜がそびえる。炎が噴き上がり、その兜の上でドラムが連打される。フロントに立つヨハン・ヘッグ(Johan Hegg)は胸まで届く髭をたくわえ、腹の底から低く吠える。曲が進むと、彼は客席へ「漕げ」と促す。最前列から後方まで、人の海がいっせいに前後へ傾ぎはじめる。オールなど一本もないのに、確かに船が動いている。
このヴァイキング・ロウ(漕ぎ)が定着したのは2009年、イギリスのフェス、ブラッドストックでのことだった。客席が地面に座り込み、一斉に櫂を漕ぐ——誰かが始めた冗談めいた所作が、いまではアモン・アマースのライブを象徴する合図になっている。ヘッグ自身、あの光景が生まれた場所への思い入れをたびたび口にしてきた。
“And of course that is where the ‘epic Viking rowing’ was invented, so that will always have a special place in our hearts.”
「もちろん、あの『壮大なヴァイキング・ロウ』が生まれたのもブラッドストックだ。だからあの場所は、僕らの心の中でずっと特別なままなんだ」
— ヨハン・ヘッグ(Louder)
合間にはツノ型の杯が高く掲げられる。バンドはステージで飲み、客席にも飲むよう呼びかける。神話の英雄を讃える歌の前に、まず全員で乾杯する。ここで起きているのは、客席が宴の主役になる時間だ。
この儀式を一度くぐった客が、どんな言葉で持ち帰るのか。カーディフ公演で床いっぱいに櫂が並んだ夜、その現場に居合わせたファンはこう書き残している。
“One of the best concerts I’ve ever been too.”
「今まで行ったなかでも、指折りの一夜だった」
— アモン・アマースのファン(Metal Hammer)
北の海から来た音
アモン・アマースは1992年、ストックホルム近郊のトゥンバで生まれた。デスメタルの咆哮を土台にしつつ、メロディを手放さない。メロディック・デスメタルの系譜に連なる音である。彼らが他と決定的に違ったのは、選んだ主題だった。北欧神話の神々、荒れる海、船で渡る戦——歌う世界がまるごと北を向いていた。
二本のギターは疾走しながら、重く沈む。ハーモニーの効いた旋律が前に出て、その下でリズムが地面を踏み鳴らす。ヘッグの声は歌うというより、語り部が低く物語を読み上げるそれに近い。聴いていると、灰色の空の下で櫂を握る男たちの背中が浮かんでくる。その旋律は泣かせにかかるより、腹の底に据わる荘厳さでこちらの体を内側から鳴らしてくる。1998年のデビュー作以来、この北の主題はぶれていない。
宴は、こうして作られた
あの一体感は偶然ではない。アモン・アマースは轟音のただ中に、誰もが拳とツノ杯を上げられる「歌える瞬間」を意図して埋め込んできた。デスメタルの激しさを薄めずに、大合唱が成立する設計をやってのける。そこに彼らの職人技がある。
物語を一枚に通した『Jomsviking』
2016年の『Jomsviking』は、バンド初のコンセプト作だった。傭兵ヴァイキングの復讐と愛の物語を、一枚を通して描く。中でも「Raise Your Horns」は、激情から一歩引いて、肩を組んで歌うための讃歌として書かれている。サビが来た瞬間、会場の温度が変わる。この曲がライブの「宴」を決定づけた。
音を締め上げた『The Great Heathen Army』
2022年の『The Great Heathen Army』で、彼らは音そのものを鍛え直した。プロデュースを担ったのは、ダービーシャーに居を構えるアンディ・スニープ(Andy Sneap)。メガデス(Megadeth)やジューダス・プリースト(Judas Priest)の音を磨いてきた男の手で、ギターの刻みは締まり、低音は壁のように立ちはだかる。「Find a Way or Make One」の重いリフは、その成果を一聴で分からせる。
同じ作品の「Saxons and Vikings」には、サクソン(Saxon)のビフ・バイフォード(Biff Byford)が客演している。ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタルの草分けと、現役のヴァイキング軍団が、声で殴り合う。世代も国も飛び越えて、メタルそのものを祝う一曲になっている。宴は、もう彼らだけのものではない。
2026年、宴はまだ続く
2025年7月、アモン・アマースは数年ぶりの新曲「We Rule The Waves」を放った。古いブリティッシュ・メタルの匂いが濃く、これまでより風通しのいい疾走感がある。ヘッグは次作でアイアン・メイデン(Iron Maiden)から学んだ感触を出すと語っている。
通算13作目のアルバムは2026年後半に予定され、ツアーには「The Allfather Awakens(全能神の覚醒)」の名が冠された。30年あまり同じ主題を掘り続けてもなお、彼らの船はまだ見ぬ海を目指している。次の宴がどんな形になるのか、いまから漕ぐ手をほぐしておきたい。
アモン・アマースの音楽は、最初の一音から「一緒に来い」と手を差し出してくる。北欧神話を知らなくても、歌詞が分からなくてもかまわない。低く唸るギターと腹に響く声、そして隣の誰かと掲げる一杯があれば、その場はもう宴になる。考えるより先に、体のほうが漕ぎ出している。それがこのバンドの30年の答えだ。

