テレビの前で何百回も聴いた音がある。ファミコンの細い電子音、ピコピコと鳴っていた8ビットの主題だ。その旋律が突然、ハモったツインギターと連打するバスドラに持ち上げられて、轟音で鳴り出したらどうなるか。パワーグローブ(Powerglove)が二十年かけてやってきたのは、その一点だった。ゲーム音楽をメタルへ翻訳する。記憶の隅にある細い旋律を、フルスケールのパワーメタルとして組み立て直す。聴けばすぐにわかる。記憶のなかの音が、いま現役の轟音として鳴っている。
コントローラーの名を借りたバンド
バンド名は、ファミコン用の周辺機器として売られたパワーグローブから取られている。手にはめて画面のなかを操作する、実用性のあやしいグローブだ。名前の出どころからして、彼らがどこに立っているのかがわかる。ゲームで育った人間が、ゲームの音を本気で鳴らすために集まった。

始まりは余技だった。メンバーが組んでいたメロディックデスメタルのバンドが解散し、その流れで手をつけたゲーム音楽の編曲が、いつのまにか本体になっていく。最初に録音したのは2003年、ロックマン2の「Dr. Wily’s Theme」だった。2005年に自主制作のEP『Total Pwnage』を出し、そこから二年かけて初のフルアルバムを組み上げる。
2007年の『Metal Kombat for the Mortal Man』に、余技の軽さはどこにも残っていない。ロックマンX3、悪魔城ドラキュラ、ファイナルファンタジーVII、ゼルダの伝説と、日本のゲーム機から鳴っていた旋律が並ぶ。そこへアメリカのアーケードが混ざり込む。表題曲はモータルコンバットとロックマン2を継ぎ合わせた一曲だ。
原曲のメロディは一音も削らない。手を入れるのは、その旋律を支える周りの音の方だ。
ゲーム音楽をメタルに鍛え直す手つき
彼らの手つきは、原曲をなぞるだけで終わらない。8ビットの音源では一本の細い線でしか引けなかった主題を、二本のギターが追いかけ合うハーモニーに開いていく。矩形波が背負っていた緊張は、連打するツーバスとリフの刻みが肩代わりする。ファイナルファンタジーの戦闘曲もロックマンのステージ曲も、原曲の骨格はそのままに、鳴っている体だけがメタルへ入れ替わる。元の曲を知る耳には、どこが元のままでどこが新しいのか、手に取るようにわかる。

どのメタルに寄せるかは、原曲の側が決めてくる。バンドのバシル・シルヴァー(Bassil Silver)は、植松伸夫の書いたファイナルファンタジーの曲はシンフォニックメタルへ転び、ロックマンは芯からパワーメタルの音がすると話している。訳文の文体を訳者が選んでいるわけではない。原文がそれを要求してくる。
彼らは基本的に歌を入れない。ボーカルのいないインストゥルメンタルで、ギターが旋律の主役を張り続ける。ゲーム音楽にはもともと歌詞のない曲が多く、その無言の旋律を人の声の代わりにギターが歌い上げる構図が、驚くほど自然にはまる。ギルティギアの疾走も、クロノ・トリガーの哀切も、声がなくても物語が通っていく。
だから彼らの音は、ゲームを知らない人間の耳にも届く。元ネタを当てるクイズではなく、旋律そのものの強さで殴ってくる速いメタルとして、ただ気持ちいい。そこがこのバンドの一番こわいところだ。
テレビまんが、ポケモン、そして客演
ゲームだけを相手にしていたバンドが、2010年の二作目『Saturday Morning Apocalypse』で間口を広げる。X-MENもバットマンもトランスフォーマーもシンプソンズも、土曜の朝にブラウン管から流れていたテレビまんがや映画の主題歌を、まとめてメタルへ通した一枚だ。
この作品には客演がいる。フィンランドのソナタ・アークティカ(Sonata Arctica)のフロントマン、トニー・カッコが二曲で歌った。シンプソンズと、よりにもよってポケモンの「Gotta Catch ‘Em All」だ。北欧メロディックメタルの看板シンガーが、大真面目にポケモンの主題歌を歌い切る。冗談のような座組みなのに、出てきた音は笑えないほど熱い。歌としての完成度が高すぎて、ネタが本気を追い越していく。
日本のファンに一番近いのは、2012年7月に日本限定で出た『TV GAME METAL』だろう。既発曲を再録・リミックスして日本盤用に組み直した一枚で、ファイナルファンタジーIV・VI・VII、ロックマン、悪魔城ドラキュラ、ギルティギアが並び、トニー・カッコの二曲も収められている。ジャケットは「ギルティギア」の生みの親、石渡太輔の描き下ろしだ。海を越えて生まれたゲーム・メタルが、音の生まれ故郷で自分の絵をもらった。
2018年、三枚目のスタジオ盤『Continue?』でゲーム機の前へ戻ってくる。題材はスーパーメトロイド、星のカービィ、ストリートファイター、クロノ・トリガーと幅広い。客演はドラゴンフォース(DragonForce)のマーク・ハドソンで、任されたのはリトル・マーメイドの「Under the Sea」だった。世界最速クラスのギターを抱えるバンドのシンガーが、海底の陽気な合唱を轟音で歌う。彼らの周りには、いつもこの手の遊び心を持った共犯者が集まってくる。
日本のアニメへ、2026年の現在地
そして2026年、彼らは新しい翻訳に取りかかっている。題材は日本のアニメ主題歌だ。きっかけは、UAEで開かれたアニメの祭典Animeniaへの出演だったという。進撃の巨人の巨大な立像を見上げ、FLOWをはじめアニメ曲を鳴らすバンドを間近で浴びて、帰りの長い飛行機のなかで話がまとまった。
すでに披露されているのが、セーラームーンの英語版オープニングのメタル・カバーだ。お披露目の場はボストン公演——ソナタ・アークティカの前座だった。かつてポケモンを歌ってもらったカッコの出番の前で、彼らはセーラームーンを鳴らしている。
ゲーム音楽と違って、アニメ主題歌の多くには歌詞がある。インストゥルメンタルを基本にしてきたバンドが、ここでは歌と正面から向き合うことになる。英語と日本語、その両方の歌唱に挑むという。
ギターのガブリエル・ガーディアンは、この作業をこう語っている。
“It’s been fun to alter these super foreign melodies, too.”
「こういう、まったく異質な旋律に手を入れるのが、やってみるとおもしろいんだ」
— Anime News Network インタビュー(2026年2月)
外国語の旋律を、自分たちの音に崩して鳴らし直す。ゲーム音楽で二十年やってきたことを、彼らはいまアニメの歌で繰り返そうとしている。手ごわいのは訳詞だという。直訳はできても韻が踏めず、音節の数が元の旋律に収まらない。公式の訳詞があればそれを使い、無ければ複数の訳を突き合わせて自分たちで詞を組み直す。日本で育った友人に発音を聞いてもらいながら、日本語のまま歌う曲も用意しているという。
歌ってみて初めてわかったこともある。ギターとボーカルを兼ねるアレックス・バークソン(Alex Berkson)は、日本のアニメ主題歌の歌唱の速さに舌を巻いた。
“How fast they sing is very impressive. I have a new respect for that. It’s insanely fast compared to any other European or American power metal that I’ve heard.”
「歌うのが本当に速い。あれには敬服した。自分が聴いてきたヨーロッパやアメリカのパワーメタルと比べても、正気じゃない速さだ」
— Anime News Network インタビュー(2026年2月)
速さを売りにしてきたバンドが、日本のアニメ主題歌の速さに驚いている。翻訳の向きが、ここで一度だけ逆へ流れる。
ゲームの音も、アニメの音も、日本で生まれて世界中の子どもの耳に刷り込まれた。その旋律を、ボストンのメタルバンドが本気の轟音で鳴らし直す。元の音を知っている人ほど、最初の数小節でにやりとして、次の瞬間にはその速さへ置いていかれる。2026年の新作が、どのアニメ曲を轟音に変えてくるのか。いまから耳を澄ませて待っている。

