雨の日曜、何もしたくない日のためのドゥームメタル・プレイリスト10曲

ドゥームメタル プレイリスト ── 雨の日曜、何もしたくない日のためのドゥームメタル・プレイリスト10曲 プレイリスト
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雨が窓を叩く日曜の朝、布団から手も足も出ない。予定はなく、出かける理由もなく、灰色の光だけが部屋に溜まっていく。こういう日に明るいポップスをかけると逆に責められている気がして、遅くて重いドゥームメタルのプレイリストにそっと手が伸びる。動きたくない一日を、無理に動かさずに済ませるための10曲を、朝から夜までのシーン順に組んだ。

雨で動けない休日には、速さを捨てた遅く重いドゥームメタルがかえって寄り添う。沈み込みを否定せず受け止めるための10曲を、朝のけだるさから夜の静寂まで、一日のシーンに沿って並べた。

なぜ雨の日曜にドゥームメタルなのか

ドゥームメタルは、速さと攻撃性を競うメタルの本流からあえて降りたジャンルだ。テンポを落とし、リフを引き延ばし、悲しみや諦めを正面から鳴らす。源流にはブラック・サバス(Black Sabbathがいて、その重さを様式にまで突き詰めたのがキャンドルマス(Candlemassだった。彼らのデビュー作の題名は、擬似ラテン語で「エピック・ドゥーム・メタル」と読める。ジャンルの呼び名と分かちがたく結びついた一枚だ。

動けない日に速い音楽をかけると、置いていかれる感覚だけが残る。心拍より遅いテンポは、急かさずに隣に座ってくれる。雨音とドゥームの低い唸りは、不思議とよく混ざるものだ。だから今日は、沈むのに任せていい。

ドゥームメタル プレイリスト——雨粒が筋を引く窓ガラス
Photo by Glenn Carstens-Peters on Unsplash

朝、起き上がれない

一曲目はブラック・サバス「Solitude」。1971年の『Master of Reality』に入った、サバスらしからぬ静かな曲だ。トニー・アイオミがギターを置いてフルートとピアノを弾き、オジー・オズボーンの声には淡いディレイがかかる。失恋の孤独を歌うこの曲を、彼らはライブで一度も演奏していない。鳴っているのは重さではなく、湿った静けさのほうだろう。

続けてキャンドルマス「Solitude」へ。同じ曲名ながら、こちらは1986年『Epicus Doomicus Metallicus』の開幕を飾る一曲。オペラのように張り上げる歌声が、絶望の歌詞を悲劇の高さまで持ち上げていく。朝の布団の中で聴くと、自分の沈みが急に荘厳なものへ化けて、少しだけ笑えてくる。

🎵 題名は擬似ラテン語で「エピック・ドゥーム・メタル」。売れないまま、ジャンルの輪郭を決めてしまった1986年のデビュー作。
『Epicus Doomicus Metallicus』: Amazon

灰色の昼、雨音に身を預ける

昼が来ても光は灰色のまま。ここでウォーニング(Warning)「Watching from a Distance」を置く。2006年の同名アルバムの表題曲で、収録の5曲はどれも7分を超える長尺だ。歌声は疲れていて、それでいて優しい。誰かを責める怒りではなく、いなくなったあとに残る空白を、ただ静かに見つめている。

気持ちがもう一段重くなったらタイプ・オー・ネガティヴ(Type O Negative「Everything Dies」へ。1999年『World Coming Down』収録。ピーター・スティールが家族の死を立て続けに経験したあとに書いた曲だ。公式ミュージックビデオの一部は、亡くなった父親がかつて働いていた造船所で撮られている。重さの底に、ゴシックの甘い哀しみがずっと流れている。

🎬 食卓の家族が一人ずつ消えていく、レーベル公式のミュージックビデオ。

もう一段、深いところへ

そのままマイ・ダイイング・ブライド(My Dying Bride)「The Cry of Mankind」に進む。1995年『The Angel and the Dark River』の、12分におよぶ開幕曲だ。背後で繰り返されるアルペジオのギターが、曲のあいだじゅう途切れずに鳴り続ける。同じ音型の反復が雨だれのリズムと重なって、時間の感覚をゆっくり溶かしていく。長いのに、不思議と退屈しない。

ドゥームメタル プレイリスト——雨に覆われた窓ガラスのクローズアップ
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午後、底へ潜っていく

午後はいちばん重いゾーンに入る。ウィンドハンド(Windhand)「Orchard」は2013年『Soma』の幕開けの曲。女性ヴォーカルの声が、チューニングを落としきった泥のようなリフの上を漂う。ブラック・サバスとニルヴァーナのはみ出し者の子——海外の評はこの二本のギターをそう呼んだ。その質感が、雨の午後の鈍さにぴたりとはまる。

そこからポールベアラー(Pallbearer)「The Ghost I Used to Be」へ。2014年『Foundations of Burden』の中ほどに置かれた10分の曲で、ドゥームの重さに澄んだ歌メロと70年代プログレの呼吸が編み込まれている。重いのに、どこかで救いの方角を指しているように聴こえる。

🎵 重さと美しいメロディが両立した、2014年の到達点。
『Foundations of Burden』: Amazon楽天ブックス

午後の締めはヨブ(YOB)「Marrow」。2014年『Clearing the Path to Ascend』を閉じる、19分の大曲だ。中心人物のマイク・シャイトは、どん底から始まった制作の最後にこの曲が出てきたと振り返っている。囁きと瞑想のような静寂から巨大なリフの圧へとゆっくり登りつめていく構成で、聴き終えると胸の奥に妙な凪が残った。

暮れて、灯りもつけずに

日が落ちても電気はつけない。ケミス(Khemmis)「Three Gates」を鳴らす。2016年『Hunted』収録で、ドゥームの重さにアイアン・メイデン譲りの双子ギターのハーモニーが差し込む一曲だ。ここまでの沈降に、ほんのわずか光が射す。重さの中にも前へ運ぶ推進力があると、身体のほうが先に思い出す。

ドゥームメタル プレイリスト——木立を望む雨の窓辺
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最後はベル・ウィッチ(Bell Witch)「Mirror Reaper」。2017年に発表されたフューネラル・ドゥームの巨石で、83分がひと続きの一曲として、切れ目なく流れ続ける。制作の途中で世を去った元ドラマーへの追悼として、彼の未使用ヴォーカルを収めた短い一節が曲の折り返し点に置かれている。長く尾を引くオルガンの響きが、悲しみを時間そのものへ変えていく。

“This album is the sonic equivalent of taking a long bath during a thunderstorm surrounded by black candles”

このアルバムは、雷雨のなか黒い蝋燭に囲まれて長風呂に浸かるのと同じ音だ。

— Bandcamp / Mirror Reaper 購入者コメント(MC Angmar)

雨の音を聴きながら沈んでいく、という受け取り方は海の向こうでも同じらしい。途中で眠ってしまっても構わない。というより、眠ってしまうのが正しい聴き方なのかもしれない。

🎵 83分が途切れず続く、追悼のフューネラル・ドゥーム。
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このドゥームメタル・プレイリストを一日通して鳴らす

10曲を順に置くと、起きられない朝から灯りのない夜まで、雨の一日がそのまま音でなぞれる。途中で何かを成し遂げる必要はない。

ドゥームメタルは沈んだ気分を引き上げる音楽ではない。沈む速度に合わせて隣に座り、底まで付き合ってくれる音楽だ。雨の日曜に効くのは励ましではなく、同行のほうだ。

沈み込みを直そうとせず、底まで一緒に潜ってくれる音があると知っているだけで、動けない日曜は少し楽になる。窓の外の雨が止む頃、自分でも気づかないうちに呼吸がいくらか深くなっているはずだ。

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