2001年の冬、ロサンゼルスのスタジオに集められた9人は、互いの顔を見るのも避けていた。プロデューサーは背骨を折り、車椅子のまま現場に居座ってバンドを追い込んだ。鉢植えと蝋燭が飛び、ボーカリストは床に向かって叫び続けた。スリップノット(Slipknot)のセカンド『Iowa』が録音現場で形になったのは、そういう二か月だった。発売から二十年以上が過ぎても、この一枚は「メタル史上もっとも気分の悪いアルバム」と呼ばれ続けている。
録音現場で壊れていったもの
『Iowa』の録音は、2001年1月22日にサウンドシティ・スタジオで始まり、三月十六日に終わっている。前作のセルフタイトルが世界中の若者を巻き込んで膨れ上がった直後、9人は燃え尽きる寸前のままこの部屋へ押し込まれた。
コリィ・テイラー(Corey Taylor)はアルコールに溺れ、他のメンバーも薬物や内部の軋轢を抱えていた。テイラーはのちにこの時期を、自分の人生でもっとも暗い時間だったと振り返っている。互いを避け、ろくに口もきかず、それでもスタジオには毎日集まった。
プロデューサーのロス・ロビンソン(Ross Robinson)は、その崩れかけた空気をなだめようとはしなかった。彼はモトクロスの事故で背骨を折り、車椅子に座ったまま現場へ戻ってきた。痛みに悲鳴を上げながらプロデュースしていたと、サイ・ウィルソン(Sid Wilson)が後年の取材で語っている。演奏を整えるのではなく、本物の感情が音に乗るまで止めない——それがこの男のやり方だった。
残された逸話は生々しい。ロビンソンは鉢植えをバンドめがけて投げ、蝋燭を叩きつけた。物の割れる音がするなか、歌っていた人間は床に突っ伏して叫び続けた、、、演技ではない声を引きずり出すために。
最後に置かれたタイトル曲「Iowa」を録ったときの記録は、いま語られるたびに場の空気を重くする。コリィ・テイラーは全裸になり、自分の吐瀉物にまみれ、割れた蝋燭で身体を切りながらマイクの前に立っていた。制作でいちばん強く残っている記憶はこれだと、本人が振り返っている。15分を超えるこの曲は、歌というより一人の人間が崩れていく時間そのものだ。
憎しみがそのまま音になる
この現場の空気は、そっくり音へ焼き付いている。『Iowa』の音は速く、暗く、容赦がない。前作にあったヒップホップ的な跳ねや遊びはほとんど削ぎ落とされ、後に残ったのは剥き出しの攻撃性だった。
「People = Shit」は短く、速く、容赦がない。ブラストビートに迫る速度でドラムが走り、ギターは刻むというより殴りつける。歌詞の汚さも当時のメタルでは突き抜けていて、怒りに理屈をつけることをはじめから放棄している。
「Disasterpiece」は、放送には乗せられない直接的な殺意の一行から始まる。「The Heretic Anthem」では群衆の合唱がそのまま暴動の予感へ変わり、コリィ・テイラーのスクリームは血管が切れる寸前まで張り詰めている。
シングルになった「Left Behind」は、その中ではまだ輪郭を保った曲だった。多くのリスナーは、この一曲からアルバムの闇へ足を踏み入れている。
聴き終えたあとに残るのは爽快感ではない。胃のあたりが重くなる感触だ。それでも針を戻したくなる引力があって、そこにこの作品の手強さと魅力が同居している。
『Iowa』は気分が悪い。なぜ名盤なのか
気分が悪くなる音楽が、なぜ二十年以上も最高傑作として挙げられ続けるのか。数字だけ見れば成功は明白で、『Iowa』は全英アルバムチャートで1位を獲得し、これがスリップノットにとって初のUKナンバーワンになった。アメリカでもビルボード200で3位に届いている。
だが数字はこの作品の核心ではない。多くのリスナーがこのアルバムを別格に扱うのは、ここに一片の嘘もないからだ。怒りや絶望を商品として演出した音ではなく、実際に壊れかけた9人が壊れたまま録った音が鳴っている。
“It oozes dirt, grime, pain and suffering. The lyrics are vile, the guitar tone is some of the juiciest heaviest ever put to tape.”
汚れと垢、痛みと苦しみが滲み出てくる。歌詞は下劣で、ギターの音はテープに刻まれたなかでも指折りに肉厚で重い。
— Reddit / r/Slipknot
汚れを欠点として数えていない。汚れているから聴く、という書き方をしている海外のファンは多い。
ロス・ロビンソンが現場で剥ぎ取ろうとしたのは、まさにそれだった。整った演奏や聴きやすい旋律ではなく、その瞬間に本当に存在した感情そのものだった。だからこそ粗さも苦しさも、修正されないまま盤に残っている。
「気分の悪いアルバム」という呼び名は、けなし言葉ではない。聴く者の身体に何かを起こしてしまう力がある、という証明として使われている。安全な距離から眺めて済ませられない音楽が、ここにある。
『Iowa』を初めて通して聴く人へ、心地よさは約束できない。覚悟のいる時間になる。だが、これほど嘘のない憎しみを封じ込めた作品はそう多くない。気分が悪くなったなら、それはこの音がきちんと届いた証拠だ。

