メタラーと聴力——轟音を一生楽しむための耳の守り方

聴力 守り方 ── メタラーと聴力——轟音を一生楽しむための耳の守り方 メタラーの生き方
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ライブハウスを出て、夜風のなかを歩きはじめた瞬間に気づく。耳の奥で、細い金属音がまだ鳴っている。さっきまで全身を殴っていた轟音の名残——のはずが、家に着いても消えない。布団に入って部屋がようやく静まったとき、その音だけがくっきりと耳に残る。この「キーン」は、聴力が出している最初の警告だ。轟音を一生楽しむための耳の守り方を、ここで一度ちゃんと考えておきたい。

大音量で傷ついた聴力は、自然には元に戻らない。ハイファイ耳栓で音質を保ったまま音量を下げ、スピーカーとの距離と聴く時間を意識し、聴いたあとは耳を休ませる。こうした習慣があれば、メタルの快楽を手放さずに聴力を守れる。

帰り道に残る「キーン」の正体

あの帰り道の金属音には名前がある。耳鳴り、英語ではティニタス(tinnitus)と呼ぶ。外で鳴っていない音が、耳の中で鳴り続ける現象だ。一晩で消えてくれることも多い。怖いのは、それが消えなくなる日がいつか来ること。

メタリカ(Metallica)のドラマー、ラーズ・ウルリッヒも同じ音と暮らしている。悪化のきっかけは1988年のツアーだった。防音なしで轟音を浴び続けた末に、耳の中の音が残った。テレビを点けたまま眠り、夜中に消そうとして起きる——なのにテレビは点いていない。鳴っていたのは自分の耳の中だった、と彼は振り返る。

“When you scratch your hearing or damage your hearing, it doesn’t come back. I try to point out to younger kids … once your hearing is gone, it’s gone, and there’s no real remedy.”

「聴力は、引っかいても傷つけても、もう戻ってこない。若い連中にはいつもこう言うようにしている——一度失ったらそれきりで、治す手立ては本当にないんだ」

— ラーズ・ウルリッヒ(メタリカ)/CNN, 2009年12月

聴力 守り方——明かりの灯ったステージに向かう観客のシルエット
Photo by ActionVance on Unsplash

なぜ、一度傷つくと戻らないのか

耳の中には、音を電気信号に変える有毛細胞という細胞が並んでいる。蝸牛(かぎゅう)と呼ばれる、渦巻き状の器官の中だ。この細胞は大きすぎる音にさらされると、文字どおり薙ぎ倒されて死んでいく。

人間の有毛細胞は、一度死ぬと二度と再生しない。腕の擦り傷や折れた骨のようには治らない。失った細胞のぶんだけ、特定の高さの音が聞こえにくくなり、耳鳴りが居残る。ザ・フー(The Who)のギタリスト、ピート・タウンゼントが長年抱えてきたのも、この不可逆のダメージだった。自分の耳を壊した原因はステージの爆音ではなくスタジオで使ったヘッドホンだ、と彼は自身の日記で書いている。

ライブ直後の聞こえの鈍さは、何日かで戻ることもある。それを繰り返すうちに、戻りきらない部分が少しずつ増えていく。聞こえの低下は、ある朝とつぜん来るものではない。轟音を浴びた回数ぶん、静かに積み上がっていって、自覚したときにはもう手前へ戻れない。

音量と時間の、残酷な掛け算

音による耳のダメージは、音量と時間の掛け算で決まる。米国の NIOSH(国立労働安全衛生研究所)が推奨する上限は、85デシベルで8時間。もともとは職場の騒音のために引かれた線だが、耳のほうは工場とライブハウスを区別してくれない。

そこから3デシベル上がるたびに、浴びていられる時間は半分へ切り詰められる。88デシベルで4時間、91デシベルで2時間になる。計算を先へ進めていくと、背筋が寒くなる。

ふだんの会話が60デシベルあたり。そこから40ほど上乗せした音圧の中に、好きこのんで身を置いているのがメタルのライブだ。会場の音量は立ち位置によって100デシベルから110デシベル台まで振れる。100デシベルでの安全圏は、わずか15分ほどしかない。110デシベルまで上がれば、その時間は2分を割り込む。週末に数時間、その中に立っているのが私たちだ。

聴力 守り方——青く照らされたスピーカーの壁
Photo by Zach M on Unsplash

この数字は脅し文句ではなく、立ち位置を選ぶための物差しになる。PAスピーカーの真ん前は、音圧がいちばん高い場所だ。一歩下がる、スタックの正面を外す、それで耳に届く音量ははっきり変わる。最前列の多幸感と引き換えに、耳は最大の負荷を受け取っている。

耳栓は、音楽を殺さない

耳栓と聞いて身構える人は多い。工事現場のスポンジを耳に詰めたら、楽しみにきた音がこもって台無しになる——その心配はもっともだ。フォームの耳栓は高音から削っていくため、シンバルの輝きもギターの分離も奥へ引っ込んでしまう。

音楽のために作られた耳栓は、仕組みがちがう。ハイファイ耳栓、あるいはミュージシャン用耳栓と呼ばれるものは、音響フィルターで全帯域をほぼ均等に下げる。専門的にはフラットな減衰特性という。低音から高音までのバランスを保ったまま、音量だけをそっくり下げてくれる。

代表格がエティモティック(Etymotic)のER20系だ。フィルターで20デシベルほど、音の形を崩さずに落とす。ループ(Loop)やイヤーピース(EarPeace)のように、街でも使いやすい見た目の製品も増えてきた。フィルターを差し替えて減衰量を選べるタイプもある。

海外のメタルファンは、この道具をとっくに手癖にしている。耳栓を勧め合う Reddit のスレッドで、賛同の票をいちばん集めていたのは安全の話ですらなかった。

“I’d never go to any concert without ear plugs; Not just for safety either. I honestly think it sounds better with them.”

「耳栓なしでライブに行くことはもうない。安全のためだけじゃない。正直、耳栓をしたほうが音がよく聞こえると思っている」

— Reddit / r/Metal「[PSA] Dear Shredditors going to shows, please wear earplugs near the stage!」

同じスレッドには、音の分離がよくなる・楽器がひとつずつ聴き分けられる、という声がいくつも並んでいた。音量が飽和した客席では、鼓膜が受け止めきれずに全部が団子になる。少し下げてやると、そこから輪郭が戻ってくる。

聴力 守り方——観客の前で光を放つステージ照明
Photo by Yvette de Wit on Unsplash

私が大事だと思うのは、耳栓をしても「聴けている」感覚がちゃんと残ることだ。音が遠くへ逃げるのではなく、すぐ近くで少しだけ音量が下がる。リフの刻みも、キックの芯も、体まで届く。守りながら浴びられる、それが続けられる耳栓の条件になる。

浴び続けるための、聴力の守り方

フィルター付きの耳栓を一つ持つだけで、ライブとの付き合い方はかなり変わる。会場ではPAから少し距離を取り、長丁場なら途中で一度、ロビーや外の静かな場所へ出て耳を休ませる。爆音のあとの数時間、耳には回復のための時間が要る。その日のうちにヘッドホンで追い打ちをかけない、という引き算も効いてくる。

家での音量も、同じ話の続きだ。耳に当てたヘッドホンから漏れる音は、思っているより大きい。ステージではなくスタジオのヘッドホンで耳を壊したというタウンゼントの述懐が、ここで効いてくる。前の晩のライブ、通勤電車での大音量、寝る前の爆音——小さな「浴び」が積み重なって、聴力はじわじわ削られる。

こうした用心を神経質だと笑う空気は、昔からあった。先に耳を壊した当人たちが、その空気へ最初に逆らっている。難聴と耳鳴りを抱えたベーシストのキャシー・ペック(Kathy Peck)と医師フラッシュ・ゴードンが、1988年に H.E.A.R.(Hearing Education and Awareness for Rockers)を立ち上げている。創設時に1万ドルを寄付したのがピート・タウンゼントで、ラーズ・ウルリッヒも早くから支援に加わった。自分の耳で痛い思いをした人間が、同じ轍を踏ませまいと動いた。

耳栓で音質を保ったまま音量を下げる。スピーカーから少し離れる。聴いたあとは耳を休ませる。この習慣の積み重ねが、メタルを一生楽しむための聴力の守り方になる。

轟音は、何かを我慢して聴くものではない。フィルター付きの耳栓をポケットに一つ入れておく、スピーカーとの距離を少し意識する、それで好きな音をこの先何十年も浴び続けられる。耳には替えがきかない。だからこそ、いま鳴っている音を、できるだけ長く聴いていたい。

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