ベルゲンの、ろうそく一本だけが灯るワインセラー。カメラを向けられた男は、サタンとは何かを低い声で語りだす。その撮影者は、人類学者の肩書きを持つサム・ダン(Sam Dunn)だった。2005年のドキュメンタリー『METAL: A Headbanger’s Journey』で、彼はメタルを研究対象としてではなく、自分が12歳から浴びてきた音として撮っている。
サム・ダンが撮った、メタルという文化
サム・ダンはカナダの人類学者である。ヴィクトリア大学で人類学を学び、ヨーク大学の修士課程ではグアテマラ難民を研究した。学問の作法を身につけた人間が、なぜメタルのカメラを回したのか。答えは単純で、彼自身が12歳からのヘッドバンガーだったからだ。
撮影当時、彼は31歳。学者の目と、ファンの耳を同時に持っていた。この二つは普通なら噛み合わない。メタルは長いあいだ「頭の悪い若者の騒音」と笑われ、PMRCのような団体からは槍玉に挙げられてきた。ダンはその笑いに言い返す代わりに、対象へまっすぐ分け入る方法を選んでいる。
外から裁くのではなく、内側から記述する。人類学のフィールドワークの姿勢が、この映画の背骨になっている。偏見への怒りを声高に叫ぶ場面は、ほとんど無い。当事者の言葉と現場の空気を、そのまま映すだけにとどめる。観客はそれを見て、自分の頭で判断することになる。
ジャンル系統樹という見取り図
この映画がいちばん広く知られているのは、ダンが作ったヘヴィメタル系統樹だろう。家系図のような一枚のチャートに、メタルの枝分かれを描き込んだものだ。
ハードロック、ショックロック、パンク、ハードコア——そうした源流から、どの枝が伸びてどのサブジャンルになったか。ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタルからスラッシュ、デス、ブラック、パワー、グラム、ニューメタルまで、ダンは代表バンドの名を添えて並べてみせた。聴き手にとって、これは聴き始めの手引きになる。どこから入ればいいか分からない人間に道筋を一枚で示した価値は、小さくない。
この系統樹はのちにいっそう細かくなった。2011年のテレビシリーズ『Metal Evolution』では、40年の歴史を26のサブジャンルへ広げた版が登場する。元になったのは2005年のこの一枚である。手書きに近いチャートがいまもSNSで共有され続けているのは、整理の切り口がそれだけ的確だったからにほかならない。
出演者と、ワインセラーの灯り
出演者の顔ぶれは、メタルの歴史そのものだ。ブラック・サバス(Black Sabbath)のトニー・アイオミ、アイアン・メイデン(Iron Maiden)のブルース・ディッキンソン、ロニー・ジェイムス・ディオ、アリス・クーパー、レミー。重鎮たちが、自分の言葉で音楽と人生を語る。
圧巻はノルウェー・ブラックメタルの取材だった。ダンとクルーはベルゲンまで足を運び、あるブラックメタルのボーカリストにカメラを向けている。撮影の準備を始めると、その男はろうそくの灯りだけのワインセラーへ全員を移したという。暗がりのなか、グラスのワインを手に、サタンとは何かを問われた彼は淡々と答えていく。挑発もなければ、見せ物の誇張もない。本人の世界が、ただそこに在る。メタル・ドキュメンタリー史上もっとも記憶された場面のひとつになった。
ダンはこの極端な領域から目を逸らさなかった。それを面白おかしく消費もしない。「メタルは悪なのか」という古い問いに、彼は結論を押しつけず、当事者を映すことで応じている。学者の禁欲が、ここで効いてくる。
三部作と、その後のBanger Films
『METAL: A Headbanger’s Journey』は、ジェミニ賞のドキュメンタリー脚本賞を受けた。批評家の評価も高く、メタルという主題が真面目に論じられる土台をこの一本が作っている。
“A documentary that preaches to the converted if ever there was one, but Dunn’s enthusiasm for the subject and the range of pretension and humour of his interviewees makes for fun viewing.”
これぞ信者に向けた説教のようなドキュメンタリーだ。だがダンの主題への情熱と、出演者たちの気取りやユーモアの振れ幅が、観て楽しい一本に仕立てている。
— Will Lawrence / Empire
ダンは盟友スコット・マクファーデン(Scot McFadyen)とともに歩みを止めなかった。2008年の『Global Metal』では、ブラジルやインド、日本へと世界各地のメタルシーンを訪ね、この音楽が国境を越えてどう根づいたかを追っている。2011年の『Metal Evolution』では、ジャンルの歴史を一本ずつ掘り下げた。二人が興した製作会社Banger Filmsは、いまもメタル・ドキュメンタリーの中心であり続けている。
2005年の一本から始まった仕事は、十年をかけてメタルの語られ方を変えていった。笑われる音楽から、文化として記録され、論じられる音楽へ。サム・ダンが残したのは、その橋渡しだったと言っていい。
偏見の壁へ正面からぶつかる代わりに、ダンはカメラを持って中へ入った。そのやり方が、いまメタルを知ろうとする人間にも届く強さを生んでいる。あのワインセラーの灯りも、一枚の系統樹も、二十年近く経ったいまだに古びていない。メタルがどんな顔をした文化なのか、最初に手渡せる一本が、これである。

