映画でメタルを描こうとすると、たいていどこかがずれる。音楽の激しさを映像へ変換する作業はそれだけ難しい。それでもまれに、本当にわかっている一本が生まれる。
今回選んだのはそういう5本だ。モキュメンタリーあり、実話の伝記映画あり、日本のアニメあり。それぞれが異なる角度から、メタルの核心を突いている。
スパイナル・タップ(This Is Spinal Tap)——笑えるほど、全部本当だった
架空バンドの「全米ツアー」を追う
1984年公開のモキュメンタリー映画で、監督はロブ・ライナー(Rob Reiner)。架空のイギリスのヘヴィメタルバンド「スパイナル・タップ(Spinal Tap)」の全米ツアーをカメラが追う設定で描かれる。主演はクリストファー・ゲスト(Christopher Guest)、マイケル・マッキーン(Michael McKean)、ハリー・シアラー(Harry Shearer)の3人だ。
「11まで上げる」——現実を超えたコメディ
制作側はあくまでコメディのつもりだった。ところが現役のミュージシャンたちが、これはうちのバンドそのものだと言い始める。スポンサーとのすれ違いも、会場キャパの縮小も、バンド内の人間関係のきしみまで、笑いにしたつもりの全部が、誰かの現実だった。コメディのつもりが、最高のメタル・ドキュメンタリーになっていた。
“Spinal Tap. That’s a movie that I watched. I didn’t laugh, I wept. It was so close to the truth.”
スパイナル・タップ。あれを観たとき、俺は笑わなかった。泣いたんだ。あまりに真実そのままで。
— ジ・エッジ(U2)/ドキュメンタリー『It Might Get Loud』
ロッテントマト(Rotten Tomatoes)の支持率は98%。「アンプのダイヤルを11まで上げる」という名シーンは特に有名で、ここから生まれた言い回し「up to eleven」は2002年、『Shorter Oxford English Dictionary』に「最大音量まで」の意味で収録された。メタルを語る上での基礎教養と言っていい一本だ。
Metal: A Headbanger’s Journey(2005)——人類学者がメタルを解剖した
12歳からのメタルファンが学術的に挑んだ
主役はカナダ人の人類学者、サム・ダン(Sam Dunn)。12歳からのメタルファンだ。「なぜ社会はメタルを誤解するのか」という問いを抱えたまま大人になり、2005年、その衝動を形にしようと自らカメラを回す。取材はイギリス、ドイツ、ノルウェー、カナダ、アメリカの5か国に及んだ。
伝説のアーティストたちが証言する
インタビューの顔ぶれは豪華だ。ブルース・ディッキンソン(Bruce Dickinson)、アリス・クーパー(Alice Cooper)、レミー(Lemmy Kilmister)、ロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)、ディー・スナイダー(Dee Snider)、ロブ・ゾンビ(Rob Zombie)——メタルの歴史を作ってきた人物たちが、それぞれの言葉で語る。ロッテントマトの支持率は90%。「メタルとは何か」を外から解説して、今も色褪せない一本だ。
デトロイト・メタル・シティ(Detroit Metal City)——日本が生んだメタル喜劇
ポップを目指した男がデスメタルの帝王になった
2008年発表のOVA作品で、制作はスタジオ4°C(Studio 4°C)、原作は若杉公徳(Kiminori Wakasugi)のマンガだ。主人公の根岸崇一は、ポップミュージシャンを夢見る青年。それが生活のためデスメタルバンド「デトロイト・メタル・シティ」のボーカルとして働くことになり、舞台に上がれば「ヨハネ・クラウザーII世」という別人格を演じる羽目になる。
笑いの裏に本物のメタル愛がある
ギャグ漫画の形をとりながら、その奥からデスメタルへの愛が滲んでくる。同年には松山ケンイチ主演の実写映画も公開された。メタルをよく知るファンほど深く笑えるのは、作り手がこの音楽を本当に好きだからだ。日本人の目線でメタルを咀嚼した表現として、今も唯一無二の手触りがある。
The Dirt(2019)——モトリー・クルー(Mötley Crüe)の伝説をNetflixが映画化
自叙伝がそのまま映画になった
2019年3月22日、Netflixで公開された伝記映画で、監督はジェフ・トレメイン(Jeff Tremaine)。主役バンドはモトリー・クルー(Mötley Crüe)、1980年代のグラムメタルシーンを疾走した彼らの物語だ。原案はバンドの同名自叙伝——メンバー本人たちが自分の口で明かした証言の集積が、そのまま映画の骨格になっている。
「全部そのまま描く」という覚悟
ドラッグ、暴力、セックス——何も誤魔化していない。それでも、バンドが音楽を本当に愛していたことは画面から伝わってくる。IMDbの評価は7.0、メンバー間の崩壊と再生のドラマには確かな説得力がある。観終えると自然にモトリー・クルーの音へ戻りたくなる、その引力までふくめて作品の力だ。
Lords of Chaos(2018)——ノルウェーブラックメタルの”闇”を直視した
メタル史上もっとも物騒な実話が映画になった
監督はヨナス・アカーランド(Jonas Åkerlund)。ブラックメタルの原型を作ったバソリー(Bathory)の初代ドラマーで、カメラを握る前はスティックを握っていた人物だ。描かれるのは1990年代初頭のノルウェーブラックメタルシーン、バンドのメイヘム(Mayhem)を中心に物語が動く。「ユーロニモス」役はロリー・カルキン(Rory Culkin)が担った。日本では『ロード・オブ・カオス』の邦題で劇場公開されている。
なぜ今もこの映画が刺さるのか
教会放火、そしてシーンの内側で起きた殺人。実際の事件を下敷きにした脚色作で、単なる犯罪映画とは異なる重さがある。「音楽が暴力と交差した時代」の記録として独特の質感をまとい、犯罪ドラマである前に音楽の話として成立している。
“I saw it, and it just made me sad. … It’s not a good movie.”
観た。ただ悲しくなっただけだ。……いい映画じゃない。
— ネクロブッチャー(メイヘム)/Heavy Consequence インタビュー
当事者の採点は辛い。メイヘムのベーシスト、ネクロブッチャー(Necrobutcher)は衣装や美術の時代考証こそ認めたが、ユーロニモスが刺される場面では気分が悪くなったと語っている。それでも、この一本を入口にブラックメタルへ踏み込んだ人は少なくない。描かれた側が拒む映画が、新しい聴き手の扉になっている。その捻れごと引き受けて観る作品なのだと思う。
5本とも、「ヘヴィメタルとは何か」という問いに独自の答えを出している。笑える作品も、血の滲む実話も、角度は違えど根っこは同じだ。

