スピーカーから最初に飛び出してくるのは、ギターでもドラムでもない。トランペットのファンファーレと、聖歌隊の声だ。そこまで荘厳に持ち上げておいて、頂点で猛烈な速さのギターとツーバスが雪崩れ込む。イタリアのラプソディー(Rhapsody)が「Emerald Sword」で鳴らしたこの入り口を、人はのちに film score metal と呼んだ。
初めて針を落としたとき、メタルというより映画の予告編が始まったのかと思った。剣と魔法の気配、戦の合図、まだ何も起きていないのに胸の奥が鳴る。その感触を、バンドは一枚のアルバムまるごとで設計していた。
イタリアから鳴った「映画」
1990年代の終わり、メタルの主要な震源地といえばイギリス、アメリカ、ドイツ、北欧あたりの名前が挙がった。イタリアはそこに食い込めていない。その地図を書き換えたのが、ギターのルカ・トゥリッリ(Luca Turilli)とキーボードのアレックス・スタロポリ(Alex Staropoli)を軸に動き出したラプソディーだった。
デビュー作『Legendary Tales』が1997年。翌年の『Symphony of Enchanted Lands』で、音はもう完成形に近かった。ボーカルのファビオ・リオーネ(Fabio Lione)の伸びる声が、オーケストラと聖歌隊の上で物語を運んでいく。イタリアという土地がエピック/シンフォニック・メタルの本場として語られるようになる、その出発点がここにある。
速さの根はドイツ仕込みのパワー/スピードメタルにある。荘厳さの根はヨーロッパの古典音楽と映画のスコアだ。遠く離れた二つの血を、一つの身体に流し込んだのが、トゥリッリとスタロポリのやったことだった。
「Emerald Sword」で何が起きているか——film score metal の正体
film score metal という呼び名は、聞いた瞬間は大げさに思える。「Emerald Sword」の中で実際に起きていることを追うと、看板に偽りがないとわかってくる。
曲はファンファーレで開く。金管と弦が主題を示し、聖歌隊がそれを受け止める。ここまでは完全に映画音楽の文法だ。そこへバンドが飛び込んだ瞬間、テンポが倍に跳ね、リオーネの声が旋律を奪い返す。オーケストラが書いた主題を、メタルのバンドが全力で弾き直す。この往復が曲の芯にある。
サビでは聖歌隊とリオーネが同じ旋律を重ねてくる。声の層が厚いのに、濁らない。各パートの分離がよく、速いのに何が鳴っているかを全部聞き取れる。ドイツでの録音とミックスが、この見通しのよさを底で支えていた。
『Symphony of Enchanted Lands』は「Emerald Sword Saga」という一続きの物語の一部として書かれた。ナレーション、中世風の間奏、巨大な合唱が、曲と曲のあいだを橋渡しする。一曲単位の起伏ではなく、アルバム全体を一本の映画として通して聴かせる作りだ。
同じ感触は、当時この一枚を聴いた海外のリスナーも書き残している。剣も魔法もある物語のうえで、耳が先に「これは映画だ」と反応してしまう。
“This song contains certainly some references to film music, in fact was it not for the fast metallic parts one could think this to be a soundtrack for some fantasy feature movie.”
この曲には確かに映画音楽の匂いがある。速いメタルのパートさえなければ、そのままファンタジー映画のサウンドトラックだと思ってしまうくらいだ。
— 英語圏のリスナー・レビュー(Symphony of Enchanted Lands 評)
名前が三度変わった音
この様式の呼び名には、ちょっとした遍歴がある。最初のレーベルはこれを「ハリウッド・メタル」として売り出した。映画の都の名を冠したわけだ。語感は派手で、実際よく機能した。
この呼び名はやがて別の言葉に譲る。数年のうちに、この音を指す言い方として広まったのが「film score metal」——映画の劇伴そのものを指す、もっと即物的な名前だった。2011年に自分の名を冠したバンドを立ち上げてからのトゥリッリは、「シネマティック・メタル」という言い方を好んで使っている。映画への傾倒を、呼び名の側から宣言するように。
呼び名が入れ替わっても、音の中身はぶれていない。あらゆる楽器を映画音楽のように細部までオーケストレーションし、出来合いのアレンジに頼らない。名前が定まらなかったこと自体が、この音がどのジャンルの棚にもきれいには収まらなかった証拠でもある。
クリストファー・リーが声を貸した日
映画みたいな音、という比喩を、バンドはやがて文字どおり現実にしてしまう。2004年の『Symphony of Enchanted Lands II: The Dark Secret』で、アルバムのナレーションを引き受けたのがクリストファー・リーだった。『ロード・オブ・ザ・リング』のサルマン、『スター・ウォーズ』のドゥークー伯爵——あの低く重い声が、物語を地の底から支える。
リーの仕事はナレーションにとどまらなかった。「The Magic of the Wizard’s Dream」では、リオーネと声を交わすデュエットまでやってのける。当時すでに八十代だった大俳優が、メタルバンドと肩を並べて歌う。スクリーンの暗がりから連れ出してきたような声が、シンフォニック・メタルのアルバムの中心で鳴っている。film score metal の旗の下でしか起こりえない一手だった。
ラプソディーという名を失っても
道のりは順風ばかりではなかった。2006年、バンドはラプソディーという名前そのものを手放すことになる。同名の音楽配信サービスとの商標の問題で、ラプソディー・オブ・ファイア(Rhapsody of Fire)へと改名した。十年近く積み上げた看板を、自分たちの落ち度ではないところで書き換えられている。
2011年には、屋台骨だったトゥリッリとスタロポリが袂を分かつ。トゥリッリは自分の名を冠した別隊を率い、スタロポリはラプソディー・オブ・ファイアを引き継いだ。当初はリオーネもスタロポリの側に残っている。物語を二人で書いてきた相棒が別々の道を選んだのは、聴き手の側からするとやはり寂しい。2017年から翌年にかけて、トゥリッリは古巣を離れていたリオーネと組み、20周年の「フェアウェル・ツアー」で初期の楽曲を鳴らし直した。スタロポリは自分のラプソディー・オブ・ファイアを続けたまま、このツアーには加わっていない。二人が同じ舞台に戻ることは、とうとうなかった。
名前と編成がどれだけ変わっても、彼らがイタリアという土地に残したものは消えていない。映画とメタルを地続きにする発想、オーケストラを飾りではなく骨格に据える書き方。イタリア発のエピック・メタルというシーンは、まちがいなくこの音から始まった。
難しい理屈はいらない。「Emerald Sword」の最初の三十秒に身をあずけると、film score metal が指していたものは耳のほうが先に理解する。剣と魔法の絵空事を、本気のオーケストラと本気のギターで最後まで鳴らしきった音が、そこにある。

