船ごとメタルになる4日間——世界初のメタル・クルーズ「70000TONS OF METAL」の航海術

メタル・クルーズ 70000TONS ── 船ごとメタルになる4日間——世界初のメタル・クルーズ「70000TONS OF METAL」の航海術 ライブ・フェス
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メタル・クルーズ——客船を1隻まるごと借り切って、海の上でメタルだけを4日間鳴らし続ける。2011年に最初の航海を出した 70000TONS OF METAL の話をすると、返ってくる反応はだいたい似ている。逃げ場がないやつでしょう、と。

私も長いことその読み方をしていた。船に閉じ込められるから密度が上がる。分かりやすいし、まちがってもいない。それでも、この説明では毎年同じ顔が同じ船へ戻ってくる理由が最後まで残ってしまう。

閉じ込めは乗った人の感想だ。設計を見るなら、時間割まで降りる必要がある。

70000TONS OF METAL では、乗り込む60組が原則として全員2回ずつ演奏する。陸のフェスなら諦めるしかない時間の重なりが、船の上では一度捨ててもう一度拾えるものに変わる。この二度打ちが4日間の航海術を成立させている。

「逃げ場がない船」という説明が取りこぼすもの

アンディ・ピラーがこの船を思いついたのは2006年、自宅のバルコニーから通り過ぎる客船を眺めていたときだった。スイスの興行主で、それまで陸で仕事をしてきた男が、4年ほどかけて投資家を集め、Ultimate Music Cruises という会社を作って海へ出る。

最初の航海は2011年1月24日、マイアミ発。船は Majesty of the Seas、メキシコのコスメルを折り返して28日に戻る4日間だった。乗ったのは2,038人で、49の国から集まっていた。2017年には3,022人・74カ国まで増えている

いまの規模は60組・120公演・4ステージ、チケットは3,000枚で打ち止めになる。数字の並びだけ見れば、陸の中規模フェスと大差ない。120という数の作られ方に差が出る。

4つのステージは、客船の設備をそのまま流用している

5層吹き抜けの劇場ロイヤル・シアター、クラブくらいの広さのショウラウンジ、アイススケートリンクのスタジオB、それに甲板。主催が「外洋を走る世界最大の野外ステージ構造」と呼ぶプールデッキのステージには、バーもプールもあり、ジャグジーまで組み込まれている。湯に浸かったまま轟音を浴びる客がいる。

どのステージへも数分で着く。陸の大型フェスでは、ステージ間の移動そのものが時間割の一部になる。船の中では廊下を抜けて階段を降りれば、もう次の音が耳に入る。

船が大きくなっても、二度打ちだけは動かなかった

使う船は何度か替わっている。2011年から2014年までは Majesty of the Seas、2015年に Liberty of the Seas へ移り、2016年からは Independence of the Seas が続いた。2026年と2027年は Freedom of the Seas が受け持つ。

船が大きくなるたび、出演組数も増えた。初期の4年間は40組を超えるあたりで、2015年以降に60組の規模へ乗る。

それでも動かなかった一点がある。全組が2回演奏するという決まりだ。40組しか乗っていなかった頃から、この船の時間割は二度打ちで組まれていた。人気が出てから足された特典ではなく、最初の航海の設計にもう入っていた。

メタル・クルーズ 70000TONS——夜の岸壁に灯りをともす大型客船
Photo by Vidar Nordli-Mathisen on Unsplash

🎬 2026年の航海を主催がまとめた公式映像。プールデッキのステージが客船のどこに組まれているか、俯瞰の画で見当がつく。

メタル・クルーズ 70000TONS の航海術は、全組が2回演奏することから始まる

60組が2回ずつ。掛ければ120公演。この数字は売り文句である前に、時間割の構造そのものだ。

複数のステージが同時に走るのは、ヴァッケン・オープン・エア(Wacken Open Air)でもヘルフェスト(Hellfest)でもダウンロード・フェスティバル(Download Festival)でも変わらない。観たい2組が同じ時間に重なったら片方を捨てるしかなく、捨てた側は二度と戻ってこない。陸の時間割には、こうして事故として処理するしかない重なりが必ず残る。

船の上では、その重なりが選択に変わる。1回目を捨てても2回目がある。2026年に乗ったアンスラックス(Anthrax)は、内容の違う2つのセットを出すと告知されていた——二度目は一度目の再演ではない。

“There are no headliners. [Laughs] 70000 Tons Of Metal is the headliner.”

はいない。(笑)70000 Tons Of Metal がだ」

— 主催アンディ・ピラー / Blabbermouth.net(2023年3月)

二度目があると、一度目の使い方が変わる

のいない時間割には、格の序列がない。名前を知っているバンドも、ラインナップで初めて見た名前も、同じ2枠を持って乗ってくる。

すると乗客側の計算が変わる。本命を1回目で押さえておく必要がなくなるから、1回目の枠を知らない名前に使える。外れても本命の二度目が残っている。賭けを外すことが、4日間のあいだ一度も致命傷にならない。

2回のうちどちらが本番か、という序列も無い。片方が小さなラウンジで片方がプールデッキということはあっても、時間割の上では同じ重さで並ぶ。

陸のフェスで同じ賭けをやると、外した瞬間に本命が消える。だから知らない名前は後回しになり、結局は知っている名前だけを回って会場を出る。

知らない名前に賭けられる4日間

2027年の航海は1月14日にマイアミを出て、ドミニカ共和国のプエルト・プラタを回り、18日に戻る。船は2026年と同じ Freedom of the Seas が使われる。2026年7月の時点で発表されているのは60組のうち14組で、アーチ・エネミー(Arch Enemy)の名前が入っている。残りの顔ぶれは、まだ誰も知らない。

それでもチケットは売れていく。

2026年の航海がそうだった。一般発売が始まったのは2025年8月19日で、その時点で名前が出ていたのは60組のうち38組。全61組が出そろったのは、出航まで1カ月を切った2026年1月に入ってからだった。買う側は3分の1以上を知らないまま代金を払っている。

券面には全バンドのミート&グリートが含まれ、ミュージシャンのマスタークラスも付く。客は60組の半分も知らないまま乗り込み、船の上で知らない側を埋めていく。初回は49カ国、2017年には74カ国まで広がった。

全バンド分のミート&グリートがあるということは、まだ音を聴いていない相手とも顔を合わせる機会があるということでもある。名前しか知らない相手と握手して、その夜に2回目の枠へ観に行く。陸の現場なら、良かったバンドの物販へ並ぶ順序になる。船では握手が先に来て、確かめるのが後になる。

1日だけ、音が止まる

航海の途中には、カリブ海の寄港地へ上陸する日が1日挟まる。2026年はバハマのナッソー、2027年はドミニカ共和国のプエルト・プラタ。船を降りて数時間だけメタルから離れるか、そのまま船に残るかは客が決める。

この抜けが効く。120公演を4日へ均等に敷き詰めれば、体力のほうが先に切れる。陸のフェスなら1日ごとに客が宿へ帰って回復するが、船には帰る家が無い。寄港日がその役を引き受ける。

メタル・クルーズ 70000TONS——照明を背にした観客のシルエットの群れ
Photo by Jorik Kleen on Unsplash

🎬 2019年の公式アフタームービー。4つのステージと甲板の人の詰まり方が、通しで確認できる。

二度目のセットが別物でなければならない理由

陸のツアーでは、同じショウを毎晩繰り返すことが誠実さになりうる。エンター・シカリ(Enter Shikari)の来日初日は、9日前のメルボルン公演と1曲も違わなかった。客が街ごとに入れ替わるから、同じものを同じ精度で出すことに敬意が宿る。

船では客が入れ替わらない。同じ3,000人が4日間ずっとそこにいて、1回目を観た客の多くが2回目にも来る。同じ内容を出せば焼き直しとして受け取られるため、二度目は最初から別物として組まれる。

陸の誠実さと海の誠実さが、ここで逆を向く。

航路まで書き換えられる祭り

2026年の航海は、当初ハイチのラバディへ向かう予定だった。現地情勢を理由に、行き先はバハマのナッソーへ変更されている。船は航路を書き換えられる。会場を動かせない陸のフェスでは、そもそも選べない手だ。

毎年恒例のオールスター・ジャムも同じ土壌から出ている。公式が Jamming In International Waters と呼ぶこの一夜には、別々のバンドから集まった演奏者が並んでメタルの古典を鳴らす。同じ船に4日間積まれた者どうしでなければ組めない顔合わせが、そこで一晩だけ成立する。

この形式が1隻で終わらなかったことも記録に残っている。初航海の年、2011年8月に同じ主催がもう1隻の企画を発表した。エクストリーム系へ寄せた Barge to Hell で、2012年12月3日から7日までの航海として組まれた。海の上でメタルを鳴らす手つきは、そこから外へ広がっていく。

4日が終われば船は港へ戻り、乗客は空港へ散っていく。多くはそのまま、1年後の同じ港でまた顔を合わせる。

冒頭の引っかかりへ戻る。豪華な客船に慣れたから毎年戻るわけでも、南の海が忘れられないからでもない。前の年に二度目の枠で拾った知らない名前が、翌年のラインナップでは知っている名前の側に並んでいる。埋めた分だけ、次に空けられる枠が増える。私はそう読む。

この船が売っているのは、逃げ場のない4日間ではない。取り返しのつく時間割だ。一度捨てた枠をもう一度拾えるから、乗客は知らない名前に手を出せる。60組のうち何組を新しく好きになって降りたか——それが70000TONS OF METAL の成果になる。
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