深夜のマンション、ヘッドホンを被ってリフを刻む。何テイクも重ねて、やっと指がフレーズに食らいついた一発が録れた。再生して、にやりとする。次の瞬間、歪みが頭の中で鳴っていた音と違うことに気づく。宅録でメタルを録る人間なら、一度は味わう落胆だ。アンプの設定をいじって、あの一発をもう一度弾き直すのか——いや、その必要はない。リアンプ(reamp)を覚えていれば。
歪みは、あとから足せばいい。
リアンプとは、クリーンを録ってから歪ませること
リアンプは難しい理屈ではない。ギターをアンプで歪ませて録る代わりに、まずエフェクトもアンプも通さない素の信号——DI(ダイレクト・インジェクション)——をそのままDAWへ録る。録れたクリーンのトラックを、あとからアンプやアンプシミュレーターに通し直し、その出音をもう一度録音する。これがリアンプの全体像だ。
肝は、演奏と音作りが切り離されることにある。指で弾く仕事を一度きりで終わらせ、どんな歪みを浴びせるかは別の日に、冷めた頭で決められる。ギターを構えたまま延々とアンプのつまみを回し続ける、あの消耗から抜けられる。
DI信号さえ残っていれば、音作りは何度でもやり直せる
クリーンのDIトラックは、演奏のマスター原盤になる。一度きちんと録れていれば、そこから何通りもの歪みを引き出せる。図太いリードトーンで録ったあとに、やっぱりタイトな刻みに替えたくなっても、弾き直しはいらない。同じDIを別のアンプへ流し直すだけでいい。
恩恵は音色の差し替えにとどまらない。クリーンのDI波形は、歪ませた波形よりピッキングの粒がはっきり見える。走った、もたついた——そういう縦のズレを、歪みでつぶれていない波形の上で直せる。メタルの刻みは数ミリ秒の甘さが命取りになるから、この編集のしやすさは効く。
リアンプ・ボックスは、DIを裏返した小さな箱
クリーンのDIをアンプへ送り返すとき、信号をそのままアンプの入力へ挿しても、いい音にはならない。オーディオインターフェースが吐くのはラインレベルの信号で、ギターアンプが待っているのはハイインピーダンスの楽器レベルの信号だ。電圧もインピーダンスも噛み合っていない。
この食い違いを埋めるのがリアンプ・ボックスになる。やっていることは、DIボックスのちょうど真逆だ。マイクへ送るためにギター信号をライン/マイクレベルへ落とすのがDIボックスなら、リアンプ・ボックスはライン信号をギターレベルへ戻す。インピーダンスと信号レベルを正しく変換してやると、インターフェース直挿しの痩せた音ではなく、リグ本来の太く豊かな鳴りが返ってくる。
この箱には、はっきりした出自がある。ジョー・サトリアーニ(Joe Satriani)のレコーディング・エンジニアだった John Cuniberti が、2インチのテープに録ったギターをアンプへ送り返せずに詰まった。テープマシンの出力とアンプの入力が噛み合わなかったからだ。自分の現場のために組んだ手製の変換ボックスが、1994年に市販された最初のリアンプ・デバイスになる。同じものを寄越せと迫る同業のエンジニアに押されて、製造まで踏み切った。名前はそのまま「Reamp」。2011年に特許も商標も事業ごと Radial Engineering へ渡り、いまも彼が引いた回路を継ぐ Reamp JCR が作られている。リアンプという言葉そのものが、この一台の製品名から広がった。
アンプシミュレーターなら、箱もアンプもいらない
宅録でメタルを録る大半の人は、実機のアンプを大音量で鳴らせる部屋を持っていない。深夜のマンションでハーフスタックに火を入れるのは無理がある。だからこそ、ここ数年でDI録音とアンプシミュレーターの組み合わせが、メタルのギターを録るいちばん現実的なやり方になった。
アンプシミュレーターを使うなら、ハードのリアンプ・ボックスすらいらなくなる。録ったDIトラックにプラグインを挿せば、その場で歪みが乗る。Neural DSP の Archetype シリーズは現代的なハイゲインに強い。AmpliTube は MESA/Boogie や ENGL の公式ライセンス機を並べ、Guitar Rig は実機の名を伏せた自社設計のアンプを26種積む。Gratifier や Hot Solo+ という名前で、定番ハイゲイン機の鳴りを模してある。アンプのつまみを回し、仮想マイクの位置をミリ単位でずらす。実機のリアンプでやっていた試行錯誤が、そっくりソフトの中に収まる。
宅録でリアンプを使いこなす
宅録でリアンプを前提に録るなら、入り口で守ることが一つある。弾いている最中の信号を、必ずクリーンなDIのままDAWへ刻む。モニターは歪んだ音で返さないと気持ちよく弾けないから、アンプシミュレーターを薄くかけた音を自分の耳には返しつつ、記録するトラックは素のDIにしておく。多くのインターフェースとアンプシミュレーターは、この「歪みで聴いてクリーンで録る」を当たり前にこなせる。
気をつけたいのは、リアンプが演奏まで救ってくれるわけではないことだ。差し替えられるのは音色であって、ピッキングのキレや右手のタイトさは、録った瞬間の腕がそのまま残る。それでも、音作りの不安を演奏から切り離せる意味は大きい。歪みは後でどうとでもなると分かっていれば、テイクそのものに集中できる。
録り終えたあとに歪みを選び直せる自由は、かつてプロのスタジオと太いリアンプ・ボックスの中にしかなかった。それがいま、ヘッドホン一つの宅録環境へそっくり降りてきている。クリーンのDIを一本、丁寧に録っておく。それだけで、刻んだリフは何度でも別の歪みをまとえる。

