ホーンサインの正体は魔除けだった——ロニー・ジェイムス・ディオが広めたサインの知られざる起源

ホーンサインの正体は魔除けだった——ロニー・ジェイムス・ディオが広めたサインの知られざる起源 雑学・コラム
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ライブが始まる。最初の一音が鳴った瞬間、客席のあちこちで腕が伸びていく。人差し指と小指だけを立てた、あの形だ。誰に合図されたわけでもない。音が来ると、手のほうが先に動いている。この「\m/」は悪魔を呼ぶ仕草ではない。向きを変えれば、悪魔を追い払うための形になる。の起源をたどると、行き着くのはステージの上ではなく、遠いイタリアの家庭の台所だ。

メタルの象徴(\m/)は、もともと悪魔を呼ぶ仕草ではない。その起源はイタリアに伝わる魔除け「マロッキオ」にある。ロニー・ジェイムス・ディオブラック・サバスのステージで使い続けたことで、世界中のライブ会場へ広がっていった。

「悪魔の角」ではない——ホーンサインの起源は邪眼よけだった

ホーンサイン 起源——コンサート会場でステージを見つめる観客のシルエット
Photo by William Krause on Unsplash

イタリアに「マロッキオ(malocchio)」という言葉がある。日本語の「邪眼」が近い。誰かの強い妬みや羨望の視線を浴びると、その負の力が不運を呼び込む——南イタリアでは古くからそう信じられてきた。視線から身を守るために切る仕草が、あの手の形だった。立てた二本の指の角で、見えない悪意を押し返す。

同じ形が、向きひとつで意味を裏返す。指を下に向ければ守りの印になり、相手へ突きつければ「角を生やした男」をなぞる古い侮辱に変わる。護符にもなれば呪詛にもなる手だ。その両義性を抱えたまま、仕草は地中海沿岸の各地に根を張っていった。イタリアだけの習慣ではなかった。広い地域で世代を越えて受け継がれてきた身振りが、ずっと後になってメタルと出会うことになる。

祖母の台所から、ロニー・ジェイムス・ディオの指先へ

ロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)1942年、イタリア系アメリカ人の家庭に生まれた。家の中には、移民が持ち込んだイタリアの古い信仰がそのまま息づいていた。五歳ごろのディオは、祖母が町まで歩いていく姿を覚えている。製鉄所で働く祖父に昼食を届けにいく道すがら、祖母はあの手の形をつくっていた。邪眼を払う仕草だと、わざわざ説明されることもなかった。匂いや手つきといっしょに、家族の文化として体へ入っていく。

そこに意味づけは要らなかった。理屈ではなく、台所の風景ごと覚えた身振りだ。この手の形がどこから来たのか、ディオ自身がはっきり言葉にして残している。

“It’s an Italian thing I got from my Grandmother called the ‘Malocchio’. It’s to ward off the Evil Eye or to give the Evil Eye, depending on which way you do it.”

祖母から受け継いだイタリアのもので、「マロッキオ」と呼ばれてた。邪眼を払うことも、邪眼を与えることもできる。どっちに向けるか次第でね。

— Ronnie James Dio(Metal-Rules.com・2001年インタビュー)

ステージ用に発明した演出ではなく、生まれる前から家にあった形を、そのまま持ち出しただけだった。

1979年、ブラック・サバスのステージで世界へ

ブラック・サバス(Black Sabbath)のボーカルが1979年に交代する。オジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)が去った席に、ディオが座った。翌年に出たアルバム『Heaven and Hell』は、批評でも売上でもバンドを立て直した。オジー時代の混濁した重さに対して、ディオの声には輪郭と伸びがある。暗さの質そのものが変わっていく。アルバムが当たったぶん、ディオには毎晩大きなステージが用意された。祖母の手の形は、その大舞台にいっしょに上がっていく。

ツアーが始まると、客席はオジー時代の名残でピースサインを返してくる。それに応える自分の合図が欲しかった——その実用的な必要が、祖母の手の形を引っ張り出させた。曲のたびにディオはを掲げ続ける。会場から会場へ、国から国へ、同じ形が観客の指先へ移っていった。

ホーンサイン 起源——ライブ会場で手を掲げる観客たち
Photo by Joshua Davis on Unsplash

「車輪を発明したと言うようなものだ」。起源を自分に引き寄せる話を、ディオはそう退けていた。「流行らせたのは自分だと言っていいと思う」——引き受けたのはそこまでだ。ベースのギーザー・バトラー(Geezer Butler)のほうは別の記憶を語る。1971年の写真に自分がこの形をつくっている、『Heaven and Hell』ツアーの最初の数公演で「あのサインは何だ」とディオが訊いてきたから見せた、と。バトラー本人ものちに、自分が発明したとは言っていない、ステージでのあの一瞬を話しただけで、世に広めたのはディオだと念を押している。誰が最初に切ったのか、起源を一点には絞れない。この形を毎晩くり返し、世界中の指先まで運んだのはディオだった。

イタリアの魔除けが、世界の合言葉になった

🎬 1983年のデビュー作の表題曲。ブラック・サバス脱退後にディオが立ち上げた自身のバンド、その代表曲だ。焼け落ちた教会で撮られた映像が、彼の歌う暗黒世界をそのまま画にしている。

舞台はロンドン東部の教会、焼け落ちたセント・マークス教会だ。毛皮をまとった蛮人が、剣を提げて廃墟をさまよう。演じているのはディオ本人で、剣で打たれた相手は死なずに鼠へ姿を変える。歌の世界を、体ごと引き受けている。

やがてこの形は、ブラック・サバスだけのものではなくなる。ジャンルの境界を越えて、無数のバンドとファンが掲げ始めた。80年代には、ステージと客席を結ぶ共通の言語になっている。言葉を交わさなくても、その手の形ひとつで「ここにいる」と通じる。メタルが届いた土地には、たいていこの形も届いていた。

誰のものでもないからこそ、誰のものにもしようとした人が現れる。ジーン・シモンズ(Gene Simmons)が2017年、この手の形を商標として登録しようと米国特許商標庁に出願した。反発はすぐに来た。ディオの妻でウェンディ・ディオ(Wendy Dio)は、米メディアの取材にこう答えている。

“To try to make money off of something like this is disgusting. It belongs to everyone; it doesn’t belong to anyone. … It’s a public domain; it shouldn’t be trademarked.”

こんなもので金を稼ごうとするなんて、反吐が出る。これはみんなのもので、誰か一人のものじゃない。……公共のものだ。商標になどすべきじゃない。

— Wendy Dio(TheWrap・2017年インタビュー)

出願は二週間ともたずに取り下げられた。

掲げる人によって、意味は少しずつ違う。本気で魔除けのつもりで切る人もいれば、ただ一体感のために腕を上げる人もいる。元の意味を知る手も、知らない手も、同じ夜の同じ音へ向かって同じ形をつくる。それで充分に通じてしまう。

ロニー・ジェイムス・ディオは2010年5月16日、67歳でこの世を去った。胃の病だった。あの手の形は、今夜もどこかのライブ会場で立ち上がっている。最初の一音が鳴れば、腕は勝手に上がる。意味を知らなくても、体のほうが先に覚えている。

祖母が日々の魔除けに切っていた小さな手の形が、いま世界中のライブ会場で立ち上がる。誰かが発明したのでも、誰かが所有できるものでもない。そこにいる全員のものとして、今夜も腕が上がる。
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