ライブが始まる。最初の一音が鳴った瞬間、客席のあちこちで腕が伸びていく。人差し指と小指だけを立てた、あの形だ。誰に合図されたわけでもない。音が来ると、手のほうが先に動いている。この「\m/」は悪魔を呼ぶ仕草ではない。向きを変えれば、悪魔を追い払うための形になる。ホーンサインの起源をたどると、行き着くのはステージの上ではなく、遠いイタリアの家庭の台所だ。
「悪魔の角」ではない——ホーンサインの起源は邪眼よけだった
イタリアに「マロッキオ(malocchio)」という言葉がある。日本語の「邪眼」が近い。誰かの強い妬みや羨望の視線を浴びると、その負の力が不運を呼び込む——南イタリアでは古くからそう信じられてきた。視線から身を守るために切る仕草が、あの手の形だった。立てた二本の指の角で、見えない悪意を押し返す。
同じ形が、向きひとつで意味を裏返す。指を下に向ければ守りの印になり、相手へ突きつければ「角を生やした男」をなぞる古い侮辱に変わる。護符にもなれば呪詛にもなる手だ。その両義性を抱えたまま、仕草は地中海沿岸の各地に根を張っていった。イタリアだけの習慣ではなかった。広い地域で世代を越えて受け継がれてきた身振りが、ずっと後になってメタルと出会うことになる。
祖母の台所から、ロニー・ジェイムス・ディオの指先へ
ロニー・ジェイムス・ディオ(Ronnie James Dio)は1942年、イタリア系アメリカ人の家庭に生まれた。家の中には、移民が持ち込んだイタリアの古い信仰がそのまま息づいていた。五歳ごろのディオは、祖母が町まで歩いていく姿を覚えている。製鉄所で働く祖父に昼食を届けにいく道すがら、祖母はあの手の形をつくっていた。邪眼を払う仕草だと、わざわざ説明されることもなかった。匂いや手つきといっしょに、家族の文化として体へ入っていく。
そこに意味づけは要らなかった。理屈ではなく、台所の風景ごと覚えた身振りだ。「あれは祖母から受け継いだイタリアのもので、マロッキオと呼ばれていた。やり方の向きしだいで、邪眼を払うことも、邪眼を与えることもできる」——ディオは生前そう語っている。ステージ用に発明した演出ではなく、生まれる前から家にあった形を、そのまま持ち出しただけだった。
1979年、ブラック・サバスのステージで世界へ
ブラック・サバス(Black Sabbath)のボーカルが1979年に交代する。オジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)が去った席に、ディオが座った。翌年に出たアルバム『Heaven and Hell』は、批評でも売上でもバンドを立て直した。オジー時代の混濁した重さに対して、ディオの声には輪郭と伸びがある。暗さの質そのものが変わっていく。アルバムが当たったぶん、ディオには毎晩大きなステージが用意された。祖母の手の形は、その大舞台にいっしょに上がっていく。
ツアーが始まると、客席はオジー時代の名残でピースサインを返してくる。それに応える自分の合図が欲しかった——その実用的な必要が、祖母の手の形を引っ張り出させた。曲のたびにディオはホーンサインを掲げ続ける。会場から会場へ、国から国へ、同じ形が観客の指先へ移っていった。
「自分が最初だとは言わない。広めた一人ではあると思う」。ディオは何度もそう断っていた。ベースのギーザー・バトラー(Geezer Butler)のほうは別の記憶を語る。1971年の写真に自分がこの形をつくっている、ディオが加入して最初のライブで「あのサインは何だ」と訊いてきたから見せた、と。バトラー本人ものちに、自分が発明したとは言っていない、ステージでのあの一瞬を話しただけで、世に広めたのはディオだと念を押している。誰が最初に切ったのか、起源を一点には絞れない。この形を毎晩くり返し、世界中の指先まで運んだのはディオだった。
イタリアの魔除けが、世界の合言葉になった
廃墟と化した聖堂を、剣を提げた獣人がさまよう。映像のなかのディオは、自分が歌う暗黒世界の住人そのものに見える。その指は、やはりあの形をつくっている。歌の世界と、祖母から受け継いだ身振りが、画面のなかで地続きになる。
やがてこの形は、ブラック・サバスだけのものではなくなる。ジャンルの境界を越えて、無数のバンドとファンが掲げ始めた。80年代には、ステージと客席を結ぶ共通の言語になっている。言葉を交わさなくても、その手の形ひとつで「ここにいる」と通じる。メタルが届いた土地には、たいていこの形も届いていた。
誰のものでもないからこそ、誰のものにもしようとした人が現れる。ジーン・シモンズ(Gene Simmons)が2017年、この手の形を商標として登録しようと米国特許商標庁に出願した。反発はすぐに来た。ディオの妻でウェンディ・ディオ(Wendy Dio)はそれを「ぞっとする」と切り捨て、「これはみんなのもので、誰か一人のものじゃない」と言い切っている。出願は二週間ともたずに取り下げられた。
掲げる人によって、意味は少しずつ違う。本気で魔除けのつもりで切る人もいれば、ただ一体感のために腕を上げる人もいる。元の意味を知る手も、知らない手も、同じ夜の同じ音へ向かって同じ形をつくる。それで充分に通じてしまう。
ロニー・ジェイムス・ディオは2010年5月16日、67歳でこの世を去った。胃の病だった。あの手の形は、今夜もどこかのライブ会場で立ち上がっている。最初の一音が鳴れば、腕は勝手に上がる。意味を知らなくても、体のほうが先に覚えている。


