フィボナッチ数列は、ひまわりの種の並びや巻き貝の螺旋に現れる数学的な構造だ。そして2001年、その数列が1曲のメタルソングに緻密に埋め込まれた。トゥール(TOOL)の「Lateralus」だ。「Lateralus」とフィボナッチ数列の関係を知った瞬間、この曲の聴こえ方が根本から変わる。
TOOLとは何者か——1990年、ロサンゼルスの実験
TOOLは1990年、カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたプログレッシブメタルバンドだ。結成の核となったのは、ボーカルのメイナード・ジェームス・キーナン(Maynard James Keenan)とギタリストのアダム・ジョーンズ(Adam Jones)。2人は1989年に共通の友人を通じて出会い、バンドを動かし始めた。
ドラマーのダニー・ケアリー(Danny Carey)は、キーナンの住むアパートの真上に住んでいた。ジョーンズの旧友トム・モレロを通じて紹介され、セッションに加わった。ベースは当初ポール・ダムール(Paul D’Amour)が担当した。しかし1995年にジャスティン・チャンセラー(Justin Chancellor)が後を継ぎ、現在の4人体制が完成した。
4人が選んだ音楽のジャンルには、最初から明確な輪郭がなかった。ヘヴィネスとプログレッシブな構成と詩的な歌詞が混在した音楽は、90年代のオルタナティブロックの文脈でも、メタルの文脈でも、きれいには収まらなかった。しかしその「どこにも属さなさ」こそが、TOOLをTOOLたらしめた。デビューアルバム『Undertow』(1993年)でシーンに現れ、続く『Ænima』(1996年)でプラチナムを達成した。
フィボナッチ数列が「Lateralus」に埋め込まれている
アルバム『Lateralus』は2001年5月15日にVolcano Entertainmentからリリースされた。3枚目のスタジオアルバムだ。収録曲「Lateralus」は、そのアルバムの中でもっとも緻密に設計された楽曲として知られる。
まず、フィボナッチ数列を確認しておきたい。1から始まり、直前の2つの数の和が次の数になる数列だ。1、1、2、3、5、8、13、21、34、55……と無限に続く。自然界に広く現れる構造で、ひまわりの種の配列や貝殻の螺旋がその代表例だ。各数の比率は、項を進めるほど黄金比(約1.618)へ収束していく。
音節が数字の列を描く
「Lateralus」のAメロでは、キーナンが歌う音節の数がフィボナッチ数列を正確に辿る。
「Black」が1音節。「then」が1音節。「white are」が2音節。「all I see」が3音節。「in my infancy」が5音節。「red and yellow then came to be」が8音節。そして「reaching out to me, lets me see」で5音節と、数が下りはじめる。1→1→2→3→5→8→5→3——数列がそのまま螺旋を描いている。
その後のフレーズでは、数が頂点へ向けて再び増えていく。「As below so above and beyond I imagine」は13音節だ。「drawn beyond the lines of reason」が8音節、「Push the envelope」が5音節、「Watch it bend」が3音節と降りてくる。音節は螺旋を描いて頂点まで上がり、来た道をそのまま下ってくる。
設計は偶然ではない。キーナン、ジョーンズ、ケアリー、チャンセラーが意図して組み込んだ構造だ。歌詞そのものが「無限に広がる可能性へ向かえ」「枠を押し広げろ」というメッセージを抱えている。外へ広がり続けるフィボナッチ螺旋の性質と、その言葉の意味が、寸分ずれずに重なる。
拍子記号にも潜む数学——9/8・8/8・7/8の意味
仕掛けは歌詞だけに留まらない。サビの拍子記号が9/8、8/8、7/8と変化する。並べると「9・8・7」だ。ケアリーはインタビューでこう語っている。
「もともとこの曲は『9-8-7』というタイトルにしようとしていた。拍子記号からとったタイトルだ。そうしたら、987がフィボナッチ数列の第16番目の数だとわかった。それはかなりクールなことだった」
仕掛けは曲の時間にも及ぶ。曲のイントロは1分12秒に及ぶ。各Aメロセクションの長さが55秒であることも知られている。55はフィボナッチ数列の第11項だ。拍子の変化、セクションの秒数——楽曲の時間そのものが、数学的な網の上に張られている。
なぜ「Lateralus」は25年後も語られるのか
「Lateralus」がリリースされてから25年が経った。それでも、この曲は繰り返し取り上げられ続けている。ファンが分析し、音楽メディアが特集を組み、数学的観点からの考察が各地で共有される。
理由の一つは、知れば知るほど深くなる構造にある。フィボナッチ数列を知らなくても「Lateralus」は聴ける。9分20秒の起伏は聴き手を揺さぶる。だが知ってしまうと、もう以前には戻れない。音節を数えながら聴き、拍子の変化を追う。そのたびに新しい発見がある。
もう一つの理由は、設計の美しさと歌詞の意味がぴたりと噛み合っていることだ。「Lateralus」という語はラテン語で「側面の」「横の」を意味する。螺旋が外へ向かうように、歌詞も意識が境界の外へ広がるよう促す。数学の構造、言葉の意味、音楽の形——その三つが一点で重なっている。
TOOLがこの仕掛けをほとんど公言してこなかったことも、神秘性を保った。ケアリーの「クールだった」という短い言葉が長年語り継がれているのは、バンド自身が謎を開かなかったからだ。
緻密に組まれた構造が、聴く者の感情を縛るどころか解き放っていく。計算し尽くされた枠の内側に、これほどの自由が広がっている。
音節をいちいち数え上げる聴き方をしなくても、フィボナッチが描く螺旋の感触を頭の片隅に置くだけで、これまで通り過ぎていた起伏が急に意味を持って立ち上がってくる。数学の話だと身構えていたものが、むしろ深く鳴っている音楽だったと分かる。「Lateralus」は、その手応えを何度でも返してくる。


